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輝石草原の女剣士  作者: xxx
第四章
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終・運命は円環に廻り

 ――そうして、すべてが終わったのさぁ。


 じっと話に聞き入る子どもたちに向かって、老婆は含みのある笑みを見せる。



 * * *



「サーナ……いったいどこに行った、サーナ・イシク……」


 シャリファンは、呆然と呟いた。


「お前まで、私のもとからいなくなるというのか……お前、まで……!」


 絶望感が背筋を突き上げる。

 力の入らなくなった手が、握っていた短剣を落とした。


 と、そのとき。

 傍らで、小さな唸り声が聞こえた――気がした。


「え……」


 信じられないものを見るような面持ちで、シャリファンは倒れ伏すリズルカに視線を向けた。

 周囲に人気はなく、聞き間違いでないとすれば――。


「……リズルカ?」


 名を呼ぶ。けれど、返ってくるのは静寂ばかりだ。

 どうすればいいものか、とシャリファンが逡巡していると、草原を踏みしめる音がゆっくりと近付いてきた。


「……そなたらがいつまでも戻らぬから、様子を見に来たのじゃよ。……しかし、騒がしいと思うたら、こういうことであったか」

「ルル・イシク……」


 シャリファンが振り向く。

 やがてルルはおもむろに足を止めると、ひと抱えほどの大きさもある何かを拾い上げた。


「……おぬしも、ようやるのう。我もそこまで必死になっておれば、すべてはもう少し違う道を歩んでおったのか……いや、無駄な仮定じゃな」

「ルル・イシク、何を……」

「そなたを守ろうとした土地神(イシク)のなれの果てについて、じゃよ」


 そう言うと、ルルはシャリファンに抱えていたものを手渡した。


「ほれ。契約があるのじゃろう、最後までしっかりと面倒を見ておやり」


 それは、よく眠っている赤ん坊だった。

 ほやほやとわずかに生えた髪の毛は薄灰色をしている。


「そなたの土地神じゃよ。ただの赤子に戻ってはいるが……まあ、成長と共に少しずつ力を取り戻すじゃろう」

「これが、サーナ……?」


 腕の中で眠る赤ん坊を見下ろして、シャリファンは驚きに目を瞠るしかなかった。


「どうして、こんな……」

「ひどく簡単で、そして下らない問いじゃな、シャリファン。……そなたの傍らにおる想い人も、そろそろ目を覚ますぞ」


 ルルは目を細め、倒れているリズルカを見つめた。


「その男が目覚めたら、挨拶などせず、すぐにここから立ち去れ。その方が面倒も少ない。土地神も忘れずに連れてゆくようにな」

「待ってください、ルル・イシク。私には、あなたが何を言っているのか、まったく理解できない……!」

「愚かもの。我らが神と呼ばれていること、それが答えにならぬのか。……忌神(デシク)がその男を生き延びさせ、手足として扱っていたように、我らにもそれを可能とするだけの力はある。……しかし、その代償として、そなたの土地神は力の大半を失った」

「では、サーナは……リズ、は」

「くどい」


 ルルは一言そう吐き捨てるときびすを返し、己の天幕へと歩き始めた。


「……生きよ、シャリファン。そなたの土地神が、そう望んだように。なに、そなたたちの負う罪の半分は、我らが持ってゆこう。幸せになることを恐れぬように、な」


 去りゆくルルの背を、シャリファンは言葉もなく見送った。

 腕の中で眠る赤ん坊がわずかに身じろぎをして、それでようやく我に返る。


「…………サーナ、なのか」


 赤ん坊はよく眠っていた。答えは、どこからも返ることはない。


「……っ」


 傍らに倒れ伏したリズルカが、今度こそはっきりとした呻きを漏らした。


「……リズ」


 ――シャリファンの、そのたった一言に込められた想いは、どれほどのものだったろう。




 赤ん坊を片手に抱いたまま、シャリファンは空いた片手で飛笛(ディカル)を回し鳴らした。

 腕の中で眠る赤ん坊に感謝を捧げるように、風を切るその音色は草原に響き渡っていく。


 女でありながら首飾りを持たないシャリファンは、次代の命を育むことができない。

 (シュピルァ)はそれを持つ本人のためだけにはたらくものであり、たとえリズルカの首飾りを与えられたところで、それはシャリファンの中に命を宿らせるものにはなりえないのだ。


 しかし今、腕の中にはただの赤ん坊に戻ったサーナがいる。

 彼と交わした、残された時間のすべてを彼のために捧げるという契約もある。

 そして――傍らには、リズルカがいる。


「……ああ……」


 言葉にならなかった。

 彼らと共に、シャリファンはこの広大なガラハーンの草原に生きてゆくのだ。

 果たして――こんなにも幸福なことがあって、許されるのだろうか。


 リズルカのまぶたが震える。

 無数の星が光る夜空の下、目覚める彼を見つめながらゆっくりと飛笛を回すそのひとときは、遠い昔の祈りに似ていた。


【了】

ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

感想など頂ければ幸いです。


悠久(youQ)

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