第一話 三毛猫とシャム、うわさ話の行方
猫の路地は今日も、日陰が多い。 でも、それがいい。 みんな、そう思っている。たぶん。
猫の路地について
猫の路地は、石畳が続く細い道だ。
入り組んでいて、はじめての子には迷う。角を曲がると小さな広場が出てきて、また細い路地が続いて、突き当たりかと思ったら抜け道がある。日当たりはよくない。午前中はひんやりしていて、午後になると特定の場所だけ光が差し込む。
その光が当たる場所が、日向ぼっこデッキだ。
猫の路地でいちばんの特等席で、毎日だれかが取り合っている。
ひとりになれる押し入れもある。木でできた小さな収納で、入るとちょうどいい暗さと狭さがある。使っているあいだはそっとしておく、という暗黙のきまりだ。
そして路地のいちばん奥の壁に、詩が貼ってある。
だれが書いたかは、知っている子が少ない。字が細くて、壁の色に似た色で描かれているから、気をつけないと見落としてしまう。でも読んだ子は何も言わずに、静かに壁から離れる。
ここに暮らす猫は、十一匹だ。
「ねえ聞いた?」
朝の路地に、シャムの声が響いた。
シャムは、タイ生まれの猫だ。体の中心は淡いクリーム色で、顔・耳・足先・しっぽの先だけが濃い茶色になっている。このカラーパターンをポイントカラーという。鳴き声が大きくておしゃべりで、情報を集めるのが得意だ。集めた情報を広めるのはもっと得意だ。話が止まらない。本人は止められると思っていない。
「なにを」
と、三毛猫が言った。日向ぼっこデッキで目を細めながら。
「広場の扉、開いてる!」
「…そう」
「中に黒板があって、字が書いてある!」
「どんな字」
「「こんにちは」って! 二回! 爪あとの太さが違うから別々に刻んだんだって!」
「ふうん」
「おもしろくない?!」
三毛猫はゆっくりと目を開けた。
気にはなる。でも今は、光が当たっている。日向ぼっこデッキに光が来る時間は限られていて、今がちょうどいい。
「あとで聞く」
「あとじゃだめ! 今の話!」
「今は、ここにいる」
シャムは何か言いたそうな顔をした。でも三毛猫の顔を見て、少し黙った。これが三毛猫の「本気」の顔だということを、シャムは知っている。
「…わかった。でもあとで絶対聞いてよ」
「うん」
シャムはそれから路地を走り回って、会う子会う子に「扉が開いてる!」と知らせた。ノルウェジアンには木の下から叫んだ。ベンガルにはシンガプーラが肩の上から「もう知ってる」と言った。メインクーンには何も聞かずに逃げられた。
路地の空気がほんのすこし、ざわついた。
三毛猫は日向ぼっこデッキで目を閉じたまま、それを聞いていた。
広場の扉が開いた。「こんにちは」が、ふたつ。
だれが刻んだのか、わからない。でも刻んだ子がいる。つまり、扉の向こうに行った子が、すでにいる。
三毛猫はすこし、口元を動かした。
その夜、ノルウェジアンが木の上から路地を見おろしていた。
今日のシャムはうるさかった。でも、扉の話は気になっている。気になっているということにしておいた。どうせだれも見ていないから。
遠くで、何かが歌っていた。




