第二話 スフィンクスのひみつ
押し入れの中は、ちょうどいい暗さだ。
外の光が届かない。狭い。木のにおいがする。体を縮めると、四方の壁が近くなって、どこかが落ち着く。
スフィンクスはその中に座っていた。
スフィンクスは、カナダ生まれの猫だ。いちばんの特徴は、毛がないことだ。全身がそのままの肌で、しわしわとしている。触ると思っていたより温かい。体温がとても高い。そばにいると自然とぬくもりが伝わってくる。本人はそれをあまり好きではない。毛のある子のふわふわを見るたびに、すこしだけ何かが動く。
「スフィンクス、いる?」
外から声がした。シャムだ。
「いる」
「入っていい?」
「どうぞ」
戸が開いて、シャムが入ってきた。狭いから、ふたりでぎゅうぎゅうだ。
シャムは何も聞かなかった。なんであの中にいるの、とも聞かなかった。ただ入って、隣に丸まって、しゃべり始めた。
「昨日ラグドールが日向ぼっこデッキで眠ってたの見た?」
「見てない」
「ふわふわでさあ、なんかすごく気持ちよさそうだった。あのくらいふわふわだと、冬もぜんぜん平気なんだろうな」
スフィンクスは何も言わなかった。
「でも」とシャムは続けた。
「昨日メインクーンが雨の中で濡れてたじゃない。毛がびっしょりになって、乾かすのにずいぶんかかってた。スフィンクスはあれないよね」
「…ない」
「濡れてもすぐ乾くのって、なんか楽じゃない?」
「…楽ではある」
「でしょ。メインクーンなんか毎回大変そうだよ」
シャムはそれからまたしゃべり続けた。扉の話、黒板に「こんにちは」が刻まれていた話、ターキッシュバンがまたどこかへ行ったという話。
スフィンクスは押し入れの中で、それを聞いていた。
シャムが毎日違う話を持ってくることに、スフィンクスはとっくに気づいていた。雨の話も、すぐ乾く話も、たぶん何かを感じて言ってくれている。毛がないことを悪く思わないでほしいという気持ちが、シャムなりのやり方で届いてくる。
シャムが気づいているかどうかは、わからない。
たぶん気づいていない。ただしゃべっているだけだと思っている。
それでいい、とスフィンクスは思う。
わざわざ「元気づけようとしている」という顔をされるより、このほうがずっと楽だ。
「…シャム」
「なに?」
「今日の扉の話、もう一回聞かせて」
シャムの目が輝いた。
「いいよ! まずね、昨日の夕方ターキッシュバンが広場のほうに行ってね――」
押し入れの中に、シャムの声が満ちた。
狭くて、暗くて、温かかった。
夜になって、スフィンクスは路地に出た。
空気が冷たかった。毛がないから、夜の冷たさがすぐに肌に来る。でも今夜は、それがそれほど嫌じゃなかった。
路地の奥の壁に、詩が貼ってある。
鼻を近づけた。細い字を、目を細めて追った。
「よるに そとに いると ほしが みえる おなじ ほしを だれかも みている かもしれない」
しばらく、その詩の前に立っていた。
だれが描いたんだろう。読んでいいのかな、と思った。でも、もう読んでしまった。
スフィンクスはゆっくり空を見上げた。星が出ていた。




