第五話 プードルの「賢い」は嬉しいけれど
その日の昼すぎ、プードルは丘のてっぺんに一匹でいた。
草がやわらかくて、風が気持ちいい。ボーダーコリーの計画書を最後まで読んだ日から少し経つ。
あの日、「一言で言えた」と言われたボーダーコリーの顔が、何となくまだ頭に残っている。あの顔が悪かったわけじゃない。でも、何かが引っかかっている。
そこへ、バセットハウンドがのっそりとやってきた。
「どうした」
と、プードルが聞いた。
「においの図書館に追加があってな」
「ありがとう。でも今日は何も調べてないよ」
「おまえじゃなくて、おまえのことを調べてた」
プードルは首をかしげた。
「おれのこと?」
「うん。今日、少し元気がなかった。においでわかった」
プードルは少し黙った。
バセットハウンドは何も言わずに、どかりとプードルのそばに座った。急かさない。ただいる。それだけだ。
「……ボーダーコリーと知恵比べをしたら、また引き分けになった」とプードルはゆっくり言った。「それ自体はいいんだけど、引き分けになるたびに、周りのみんなが「やっぱり」って顔をするんだ。「賢いもんな」って。それがなんか……」
「なんか?」
「嬉しいのか、嬉しくないのか、よくわからなくなる」
バセットハウンドは、ふんふんと鼻を動かした。考えているときの癖だ。
「おれも似たことがある」
「バセットハウンドが?」
「においの話をすると、だいたい「さすが」って言われる。でも「さすが」って言われると、なんか……鼻だけの子みたいな感じがして、ちょっと複雑だ」
プードルは少し笑った。
「わかる。それわかる」
「そうだろ」
ふたりはならんで、丘の下を見た。グレイハウンドが走り比べコースをひとりで走っている。ハスキーがショロイツクインツレとならんで日向に座っている。柴犬とフレンチブルドッグが何かを言い合っている。
いつもの犬の丘の、いつもの午後だ。
「賢いのは本当のことだろ」
と、バセットハウンドが言った。
「そうだけど」
「本当のことを言われるのが嫌なわけじゃないんだな」
「うん。ただ……賢いだけじゃないところも、あるんだけどな、って」
「そっちは?」
プードルはすこし考えた。
「泳ぎも得意だよ。でも言ったことがない」
「なんで」
「なんとなく、賢い子がそういうこと自慢しても、って思って」
バセットハウンドは耳をぴくんとさせた。
「もったいないぞ」
「そうかな」
「そうだ。おれはにおいだけじゃなくて、昼寝も得意だ。そっちを言うようにしてから、少し楽になった」
プードルはしばらく黙って、それから声を上げて笑った。
「昼寝が得意……」
「今日はもう三回寝た」
「それはすごい」
「だろ」
夕方の風が丘の上をわたった。草がさらさら揺れた。
プードルはその日の夕方、水難救助プールでひとりで泳いだ。
冷たかった。気持ちよかった。




