第十二話 カナリアとゲラダヒヒ、歌と草と涙 語り手:ゲラダヒヒ
広場で草を食べていたら、歌声がした。
近くから聞こえた。
ずっと前から、遠くから聞こえていた声だ。でも今日は近い。
振り返ると、カナリアが広場の端の枝に止まって、独り言みたいに歌っていた。
おれは動かなかった。
動けなかった。
歌が胸に入ってきて、なんか、こう、動けなくなった。
草を食べていたことも忘れた。
歌が終わって、カナリアがおれに気づいた。
「聞こえてた?」
「聞こえてた」
「泣いてる?」
「泣いてない」
「目が潤んでる」
「……泣いてない」
カナリアは少し笑った。
「ごめん。泣かせるつもりじゃなかった」
「泣いてないから謝らなくていい」とおれは言った。「ただ、草を食べることを忘れた」
「草を食べることを忘れた?」
「おれは草しか食べない。食べることが好きだ。でも今、草を食べることを忘れて、ただ聞いていた」
カナリアは少し首をかしげた。
「それはどういう意味?」
「好きなことを忘れるほど、おまえの声がよかったということだ」
カナリアはしばらく黙った。
「……それは、なんか、いいことを言われた気がする」
「そうか」
「うん。泣かせてしまったと思ってたけど、食べることを忘れさせたというほうが、なんかいい」
おれは草をひとくち食べた。
「今日の草は少し硬い。でも悪くない」
「草の食べ比べするの?」
「する。種類と、育ち方と、季節によって全然違う」
「詳しいんだね」
「詳しい。草のことなら何でも話せる」
「今度聞かせて」
「それはいつでも話せる。長くなるが」
「長くていいよ。おれも歌が長くなることがある」
おれは少し笑った。
「そうか。では今度ゆっくり」
「うん。また来てもいいか」
「どうぞ。広場にいることが多い」
「草を食べながら?」
「そうだ。おまえが歌っても、今日みたいになるかもしれないが」
「なってもいい」とカナリアが言った。
「なってもいいのか」
「うん。食べることを忘れさせたなら、それはいい歌だったということだから」
おれはしばらく、それを考えた。
草を食べることを忘れた。それがいい歌の証明になる。
「……そういう考え方は思いつかなかった」
「さっきおまえに教えてもらった」
「おれが?」
「うん」
黒板に、ふたりが刻んだ。
ゲラダヒヒ:「草を食べることを忘れた。カナリアのせいだ。悪くなかった」
カナリア:「草を食べることを忘れさせた。はじめて言われた。嬉しかった」




