第四話 サルが犬に触った日 語り手:ゴールデンレトリバー
広場に来るのは毎日だ。
来るたびに、黒板に何か刻まれている。だれが刻んだかはわからない。でも毎日少しずつ増えていく。今日もそれを見ようと思って来たら、サルがいた。
ワタボウシタマリンと、その弟だ。
ふたりで広場のど真ん中にいた。弟のほうは噴水の縁の上に乗ろうとしていて、兄のほうが止めようとしていた。
「危ない」
「危くない」
「落ちたら濡れる」
「濡れたらいい」
「水が冷たい」
「冷たかったら出ればいい」
朝の広場に、そのやりとりが響いていた。
わたしは噴水のそばへ歩いていった。
「こんにちは!」
ふたりが振り返った。
「犬だ」と弟が言った。
「うん、犬です! ゴールデンレトリバーです!」
「大きい」
「ありがとう!」
「褒めてない」
そのとき、弟がわたしの毛に触れた。ちょこん、と。前足の指先で、ぽんと。
「……ふわふわだ」
わたしはしっぽを振った。
「よく言われます!」
弟はもう少し触った。ぽんぽんと。
「すごくふわふわだ」
「ありがとうございます!」
兄が少し引いた顔をしていた。
「急に触るな」
「ふわふわだから触った」
「相手が嫌かもしれない」
「嫌じゃないですよ!」とわたしは言った。「触ってもらうの、嬉しいです!」
「本当に嫌じゃないのか」と兄が申し訳なさそうに聞いた。
「本当に! どんどん触っていいです!」
弟はもっと触った。兄も、おずおずと少し触った。
「……確かにふわふわだ」と兄が言った。
「よかった!」
三匹でしばらく、噴水のそばに座った。
「サルのこと、怖いと思ったりしないか?」と兄が聞いた。
「全然!」とわたしは言った。「みんな友達!」
「今日会ったばかりでも?」
「はい!」
兄はしばらく何も言わなかった。
「……それはすごいな」
「そうですか?」
「ほとんどの子は、知らない相手には少し時間がかかる」
「あ、そうなんですか」
「おまえは最初から全開だ」
「そういう性格なんです!」
弟がまたわたしの毛を触った。
「兄ちゃん、ここ来てよかったな」
「……そうだな」
黒板に、三匹が刻んだ。
ゴールデンレトリバー:「みんなに会えた! うれしい!!」
ワタボウシタマリン(兄):「サルも来てみた。広場は中立地帯らしい」
ワタボウシタマリン(弟):「ゴールデンレトリバーはふわふわだった」
その日の夕方、ゴールデンレトリバーが犬の丘に帰ると、柴犬がてっぺんにいた。
「サルと話した」とゴールデンレトリバーが言った。
「そうか」
「最初にいきなり触ってきた。でも悪意はなかった」
「サルはそういうもんだ」
「そうなんですか?」
「そういうもんだ」
柴犬は空を見たまま言った。それ以上は何も言わなかった。でも、その言い方が、「それでいい」という意味に聞こえた。
ゴールデンレトリバーはしっぽを振った。
広場には、また来よう。




