第三話 ウサギと、トリと、広場の真ん中で 語り手:ジャックラビット
おれの耳は、だいたいうるさい。
常に何かが入ってくる。鳥の声、風の音、遠くの会話。聞きたくないものも全部聞こえてしまう。
でも、あの日の広場は、うるさくなかった。
噴水の音と、風の音と、石畳に足音が響く音だけで、それがちょうどよかった。
最初に広場に来たのは、ネザーランドドワーフだった。
「調査が必要だ」と言っていた。きまり帳に「広場には入ってはいけない」とは書いていない。「他のエリアに入ってはいけない」だから、広場はどのエリアにも属していない。だからきまり的にはグレーゾーンだ、とネザーランドドワーフは結論づけた。その結論を聞いて、おれは広場に来た。
入ってみると、空が広い。
耳を広げると、いつもよりよく聞こえる気がした。遠くの音も聞こえる。犬の丘の方向から、何かが走る音がする。猫の路地の方向から、シャムの声がする。サルの森から、ホエザルの声がかなり大きく聞こえる。
でも全部、遠くの音だ。うるさくない。
そのとき、はばたきの音がした。
セキセイインコとキンカチョウが降りてきた。
「広場に来てみた」とセキセイインコが言った。
「ウサギもいた」とキンカチョウが言いながら日誌に刻みはじめた。
おれとセキセイインコは向き合った。
「どうも」とおれは言った。
「どうも!」とセキセイインコが言った。テンションが高い。
キンカチョウは広場を見渡して、でかい木の黒板に近づいていった。鼻先で文字を追った。「こんにちは」が何個か刻まれている。「犬も こんにちは」「猫も こんにちは」もある。
「記録する」とキンカチョウが言って、刻みはじめた。
「おれも刻んでいいか」とおれは黒板に近づいた。
「どうぞ」
チョークを取った。何を刻もうか少し考えた。
「ウサギの耳は よく聞こえる」
刻んでから、少し恥ずかしくなった。なんでそれを刻んだんだ、おれ。
「おもしろいね」とセキセイインコが言った。
「そう?」
「うん。「こんにちは」だけじゃなくて、自分のことを刻んだのが初めてだ」
キンカチョウが「それは確かに」と刻みながら言った。
おれはもう少し恥ずかしくなったが、消さなかった。
セキセイインコがチョークを受け取って刻んだ。「トリは 空から見てる 怒ってないよ」
「怒ってないよ、って何だ」とおれは思わず聞いた。
「よく「見下してる?」って思われるから。怒ってないってことを刻んでおきたかった」
「なるほど」
キンカチョウも刻んだ。「今日の広場を観察した。静かでよかった」
三匹でそれを読んだ。
「なんか、いろんな子が刻むと面白いな」とセキセイインコが言った。
「うん」とおれは言った。
耳がまた、ぴくりと動いた。
風の中に、何かが届いてくる。
カナリアの声だ。
遠い。とても遠い。でも、聞こえる。いつもより鮮明に聞こえる。広場は遮るものが少ないから、音がよく届く。
声は一本の線みたいに、まっすぐに来た。
高くはない。低くもない。ただ澄んでいて、どこかすぐそばで聞いているような気がする。
「どうした?」とネザーランドドワーフが近づいてきた。
「……カナリアの声。聞こえる」
「どこから」
「トリの枝道の方向。でも今日はここで聞くと違う感じがする」
「違う感じ?」
「いつもは遠くの音だと思って聞いてた。でも今日は……広場にいるせいかな、なんか、同じ場所にいる気がする」
ネザーランドドワーフはしばらく黙った。
「同じ場所、か」
「うん。知らない子なのに、知ってる気がする。遠くに友達がいる感じ」
広場の噴水が、さらさらと流れていた。
声は、また届いた。
おれはしばらく、そこに立ったまま聞いていた。
その夜、ネザーランドドワーフはきまり帳に書き足した。
爪の先で、丁寧に刻んだ。
「広場:中立地帯。おきての「他のエリアには入らない」の対象外と判断。以後、自由に利用可能」。
それから少し考えて、もう一行刻んだ。
「ただし、だれかが「やっぱり入ってはいけない」と言いだしたら、その時点で再検討する」。
几帳面だ、と自分でも思う。でも、それがきまり帳の係の仕事だから。




