第三話 ハスキーの「さむい」がうそくさい件
夏が来た。
犬の丘の草はぎらぎら照らされて、地面からもわっと熱気が上がってくる。
ハスキーは木陰で倒れていた。
正確には倒れているわけではない。ただ横になっているだけだ。でも横になり方が「倒れている」に近かった。四本足が空に向いて、舌がだらんと出ている。
「あつい……」
うめいた。
「あつすぎる……死ぬ……シベリアに帰りたい……」
シベリアンハスキーは、ロシアのシベリア地方生まれの大型犬だ。二層になった厚い毛皮を持っていて、マイナス六十度の極寒でも平気だ。もともとはそりを引く犬で、仲間と一緒に走り続けるのが得意だ。とにかく寒いところが好きで、雪が降ると目が輝く。夏だけが問題だ。
「おおげさ」
チワワが通りかかって、一言だけ言った。
チワワは、メキシコ生まれの犬だ。世界でいちばん小さな犬種で、体は小さいのに目と耳だけやたら大きい。そして、だれより勇敢だ。「小さいから」と思われることが大嫌いで、どんな相手にも真正面から向かっていく。もちろん怖いと感じることはある。でも絶対に前に出る。なぜかは本人もよくわからない。
「おおげさじゃない! おれはシベリア生まれだ! この気温は完全に想定外だ!」
「ここはシベリアじゃないから」
「わかってる! でもあつい!」
チワワはじろりとハスキーを見た。目が小さくなった。
「じゃあ聞くけど、冬は?」
「最高」
「どのくらい最高?」
「全身の毛が喜ぶ。霜を見るだけで元気になる。マイナス二十度がちょうどいい」
「なら我慢しろ。おれの半分の毛しかない子が我慢してる」
チワワがそう言って、木陰の向こうを顎で示した。
そこに、ショロイツクインツレがいた。
ショロイツクインツレは、メキシコ生まれの犬だ。古代アステカ文明の時代から人間とともに生きてきた、歴史ある珍しい犬だ。最大の特徴は、ほとんど毛がないこと。肌がそのまま見えている。体温がとても高く、そばにいるとほんのり温かい。「天然カイロ」と呼ばれることがあるが、本人はちょっと複雑な顔をする。
ショロイツクインツレは、静かに日向で座っていた。
毛がないから日差しがダイレクトに当たる。でも今日みたいな夏の日は悪くない。体温が高いから、太陽に温められる感覚がちょうどいい。冬のほうがつらい。これが正直なところだ。
「あつくないの?」
と、ハスキーが起き上がって聞いた。
「あつい」
ショロイツクインツレは素直に言った。
「でも冬よりまし」
「おれは逆だ」
「知ってる」
ハスキーはしばらく考えた。それから言った。
「……ならんで座ったら、どっちもちょうどよくなるんじゃないか」
ショロイツクインツレは少し考えた。
「……やってみる?」
ふたりは木陰と日向の境目に、ならんで座った。
ハスキーのふかふかの毛が、ショロイツクインツレのそばで空気をすこし冷やす。ショロイツクインツレの高い体温が、ハスキーにほんのりと伝わってくる。ぴったりではないけれど、たしかに、すこしだけ。
「……おっ」
と、ハスキーが言った。
「……うん」
と、ショロイツクインツレが言った。
チワワはそれを見て、何も言わなかった。でも、口元が、ほんのすこし緩んだ。
「「さむい」って毎年言ってるけど」
チワワは歩きながら独り言のように言った。
「いなくなったことは一度もないよな」
ハスキーは聞こえていたかもしれない。でも何も言わなかった。
しっぽだけが、ゆっくり揺れていた。
その頃、丘の下のにおいの図書館の前で、バセットハウンドがふんふんと鼻を動かしていた。今日の新しい情報をひとつ書き足した。
「プールの底より。海のにおいの石。どこから来たかは不明」
バセットハウンドはじっとその文字を見た。
海のにおい。ここじゃないどこかのにおい。
なんとなく気になったけど、今日はもういい時間だ。ゆっくりした足どりで、昼寝の場所へ向かった。




