第二話 ボーダーコリーの完璧な作戦
ボーダーコリーは、夜明け前から起きていた。
紙に書いている。地面に棒きれで図を描いている。消して、また書いている。ぶつぶつ言いながら。
夜が明ける頃には、分厚いノートが完成していた。
「よし、完璧だ」
だれもいなかった。それでも言った。
ボーダーコリーは、イギリス生まれの中型犬だ。白と黒のツートンカラーで、くりくりした目が賢そうに見える。実際に賢い。犬の中でいちばん賢いといわれている。もともとは羊の群れを目の力だけで動かしてきた牧羊犬で、考えることが好きすぎて、考えた結果をだれも聞いていないことがある。
午前中、ボーダーコリーは犬の丘の全員を集めた。
柴犬、チワワ、バセットハウンド、グレイハウンド、ハスキー、ニューファンドランド、バセンジー、ショロイツクインツレ、フレンチブルドッグ、ゴールデンレトリバー、プードル。全員、草の上に集まった。
ノートを開いた。四十三ページある。
「今日の活動目標は『みんなで楽しく過ごす』だ。これを達成するために午前・午後・夕方の三フェーズに分け――」
グレイハウンドが大きくあくびをした。
「――各フェーズにA・B・Cのサブ活動を設けている。午前フェーズAは走り比べで、このときのルールが七つあって、まず一つ目は――」
ハスキーが草の上にごろんと倒れた。
「――スタートラインを昨日より三センチ右にずらすこと。これは地面の傾斜データをもとにした公平性の確保で、詳細はページ十七に――」
バセットハウンドがにおいの図書館の方向へとぼとぼ歩いていった。
「ちょっと待って! まだページ二だ!」
気づいたら、全員が違う方向を向いていた。
チワワは虫を追いかけていた。フレンチブルドッグは自分の耳を確認していた。ゴールデンレトリバーはニューファンドランドにじゃれついていた。柴犬だけ元の場所にいたが、目が半分閉じていた。
残ったのは、プードルだけだった。
プードルは、フランス生まれの犬だ。くるくるのふわふわな毛が特徴で、もともとは水鳥を狩るための犬だったから、実は泳ぎもとても上手い。犬の中でボーダーコリーの次に賢いといわれている。「賢いね」と言われるたびに、なぜかプレッシャーを感じる。
「このノート、全部読んだ」
と、プードルが言った。
ボーダーコリーがぴたりと止まった。
「……全部?」
「四十三ページ全部」
「感想は」
「おもしろかった。でも長かった。みんながついてこない理由もわかった」
「なんで」
「ここに書いてあることを一言で言うと、「今日は楽しく過ごそう」だろ。最初にそれを言えばよかった」
ボーダーコリーは四十三ページのノートを見た。図もある。グラフもある。ページ二十二には天候に応じた修正案まである。よく書けている。本当によく書けている。
でも、みんな聞いていなかった。
「……来週は一ページにする」
「それで十分だと思う」
「再来週も一ページにしろというのか」
「そこまでは言ってない」
ふたりはみんなの輪の中に戻った。結局その日は、計画通りに動いた子は一匹もいなかった。でも、とても楽しい一日だった。
夕方、ボーダーコリーはこっそりノートのいちばん後ろに書き足した。
「改善案:計画書は一ページ以内にまとめること。ただし本当に楽しいことはだいたい計画外に起きる(要検討)」
プードルがそれを読んで、こっそり笑った。




