表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
なかよしの設計図は作成中です。  作者: 鍵しっぽハンター
第六章 はじめての広場 ―― ちがうから、おもしろい

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
37/50

第一話 ピグミーマーモセットが、押した 語り手:ピグミーマーモセット

でかい木の黒板は、今日も真っ白だ。 扉は、今日も静かに立っている。 鍵は、かかっていない。




でかい木は、ずっとここにいた





根が、知っている。


地面の下で、根はどこまでも広がっている。犬の丘の方向へ。猫の路地の方向へ。ウサギ草原の方向へ。トリの枝道の方向へ。サルの森の方向へ。


それぞれの場所の土のにおいが、根を通じて伝わってくる。


犬の丘の土は、いつもすこし湿っている。雨が降るたびに走り回るから、踏み固められている。猫の路地の石畳の下は、静かで冷たい。ウサギ草原の土は、やわらかい。何度も走られて、何度も転ばれた土だ。トリの枝道の根元は、木の根が複雑に絡まっていて、その間にいろんなものが落ちている。サルの森の土は、深いところまで掘られている。だれかが穴を掘りすぎたのか、根の先がその空洞に触れることがある。


みんなのことを、根は知っている。




黒板は、ずっと真っ白だった。


チョークが置いてある。ずっと置いてある。


だれかが書くことを、待っていた。何年も、何年も。


待つことは、苦ではない。枝は年ごとに伸びた。根は年ごとに広がった。嵐が来た。雷が落ちた。それでも、揺れなかった。揺れる必要がなかった。子どもたちがいた。いつも、いた。それだけで、十分だった。




根の先の方に、気配がある。


いつもとは違う気配だ。水路の奥、もっと遠い場所から届いてくる。まだ名前を知らない気配が、いくつかある。


岩のそばから。深い水の底から。広い草むらの向こうから。太い木の根元から。遠くて、静かな場所から。


近づこうとしている、のかもしれない。まだよくわからない。でも、確かに動いている。根がそれを感じる。何かが、少しずつこちらへ向かっている。


急がなくていい。来たくなったとき、来ればいい。




その朝、扉の前に小さな気配があった。


とても小さい。でも、はっきりした気配だ。迷っている感じではない。来ようとして、来た、という感じだ。


扉が開いた。音もなく、するりと。


小さな足が、石畳に触れた。


根が、それを感じた。枝が、それを見た。黒板が、待っていた。チョークが、そこにある。


白い黒板に、小さな字が刻まれた。


「こんにちは」


それだけだった。


それだけで、十分だった。


長い時間をかけて待っていたのに、たった三文字で、何かが始まった。黒板は、いつもそうだ。たった一言が、世界を動かす。




枝の先から、広場を見おろす。


石畳がある。噴水がある。扉がある。そして今日から、その扉が開いている。


子どもたちが来るだろう。いろんな子が。いろんな声が、広場に満ちるだろう。


根が待っている。枝が待っている。黒板が待っている。


この木は、ずっとここにいる。これからも、ずっとここにいる。




その朝、ぼくは扉の前に来た。


理由はうまく言えない。ただ、来た。


サルの森から、だれも起きていない時間に。足音を消すようにして。もともとぼくの足は小さいから、ほとんど音がしない。


扉は木でできていて、古くて、鍵穴がある。鍵は、さしていない。ずっと知っていた。前に一度そばを通ったとき、鍵穴に鍵がないことに気づいた。


ぼくは扉の前に立って、しばらく何もしなかった。


向こうから、水の音がする。さらさらという、静かな音だ。


ぼくは前足を伸ばした。


扉に触れた。木の感触がした。古くて、でも丈夫な感じがした。


少しだけ押した。


扉が、ひらいた。


音もなく、すっと。まるで最初から、押されるのを待っていたみたいに、ひらいた。




ぼくはしばらく動かなかった。


向こうに、広場がある。石畳が続いていて、噴水がある。噴水からさらさらと水が流れている。ずっと聞こえていた音の正体だ。


空が広い。


エリアの中にいると、木や建物で空が区切られている。でもここは遮るものが少なくて、空がとても広く見える。


もう一歩。また一歩。


ゆっくり広場の中へ進んだ。


噴水のそばまで来た。水がさらさら流れている。前足を差し入れてみた。冷たかった。気持ちよかった。


それから、でかい木の黒板が見えた。


本当に、でかい。


幹が太い。根がどこまでも広がっている。枝は空へ向かって、何本も何本も。


黒板には、何も刻まれていない。真っ白だ。


黒板の下に、チョークが一本置いてある。


ぼくはそのチョークを見た。


だれが最初に刻むのか、ずっとこの黒板は待っていたんだろうな、と思った。


ぼくは、チョークを取った。小さな手に収まる、白いチョーク。


それから、黒板に爪の先でゆっくりと刻んだ。


「こんにちは」


ちいさな字だ。ぼくの字は小さい。体が小さいから。


でも、ちゃんと刻めた。


刻んでから、一歩下がって黒板を見た。真っ白な黒板に、「こんにちは」という小さな字。


それだけだ。でも、なんか、いい感じがした。


しばらくそこに立っていた。それから、サルの森へ帰った。


途中で振り返ったら、扉がまだ開いていた。


閉め忘れた。


戻って閉めようかと思ったけど、なんとなく、開けたままにした。また来ればいい、と思ったから。




その日の夕方、ゲラダヒヒが広場の前を通った。扉が開いていた。


中をのぞいた。広場が見える。噴水がある。でかい木の黒板がある。


黒板に、小さな字で何かが刻まれている。


近づいて、目を細めて文字を追った。


「こんにちは」


だれが刻んだのか、わからない。


ゲラダヒヒはしばらく黒板を見た。それからチョークを取って、小さな字の下に刻んだ。


「こんにちは」


それだけ刻んで、またサルの森へ戻った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ