第五話 ホエザルが静かにしようとした話
ホエザルは今日こそ、静かにしようとしていた。
朝から一言も話さないことにした。
完全な沈黙だ。
「おはよう」
ゲラダヒヒに声をかけられた。
「……」
答えなかった。答えると声が出てしまう。
「どうした、無視するのか」
「……」
「体調が悪いか」
「……」
「返事くらいしろ」
限界だった。
「おはよう!!!!!」
ものすごく大きな声が出た。
ゲラダヒヒが飛び上がった。
「なんで今更そんな大きな声で!」
「静かにしようとしてたのに、我慢できなかった!」
「静かにしようとしてたならなんで!」
「わからない!」
ホエザルとゲラダヒヒの会話が、森中に響いた。鳥が木から飛び立った。
「……もう一回やり直す」とホエザルは言った。
「やり直さなくていい」とゲラダヒヒが言った。
「でも静かにしたい」
「なんで」
「みんなに迷惑かけてるから」
ゲラダヒヒは少し考えた。それから草をひとくち食べた。今日の草はすこしかたい。
「迷惑と思ってるのはホエザルだけじゃないか」と言った。
「え」
「おれは別に迷惑と思ってない。大きい声だとは思うけど、迷惑かというと違う」
「でも朝に鳴くと全員起きる」
「起きればいい。朝なんだから」
「寝ていたい子もいる」
「寝たい子は寝てればいい。起きてしまったなら、もう起きたってことだ」
ホエザルは少し考えた。
「……そういうものか」
「そういうもんだと思う」とゲラダヒヒは言った。「ただ、本当に静かにしたいなら、小さい声で話す練習をするのはいいかもしれない。いきなり無言は無理だったろ」
「無理だった」
「一段階ずつだ」
ホエザルは深呼吸した。
それから、できるだけ小さい声で言った。
「……こうか」
かなり大きかった。でも、さっきの半分くらいではあった。
「……少し小さくなった」とゲラダヒヒが言った。
「そうか」
「うん。今のくらいなら、まあ普通の声だ」
「普通か」
「普通だ」
ホエザルはもう一度深呼吸して、もう一度言った。
「……こうか」
今度はさらに小さかった。
「うん。それで十分だ」とゲラダヒヒが言った。
「本当か」
「本当だ。ホエザルの「静かにした声」が、ほかのみんなの普通の声くらいだ。それでいい」
ホエザルは、しばらく草の上に立っていた。
「……静かにするのと、なくすのは違う、ってことか」
「そういうことだと思う」
「声を消そうとするんじゃなくて、少し小さくするだけでいいんだな」
「それで十分だ」
その日の午後、ホエザルはできるだけ「少し小さい声」で話すようにした。
それでもかなり大きかったが、森の子たちは「今日のホエザル、少し静かだな」と思った。
ホエザルは、それが嬉しかった。




