第四話 ワタボウシタマリン、双子の弟が言うことをきかない
ワタボウシタマリンには、双子の弟がいる。
名前もワタボウシタマリンだ。ふたりは「兄」と「弟」と呼ばれている。弟は、なかなか言うことをきかない。
ワタボウシタマリンは、コロンビアに生きる小型のサルだ。頭部の白いわた帽子のような毛が特徴で、体はとても小さい。双子を産む習慣があり、父親が育児の中心を担うことが多い。世話焼きな性格で、仲間が困っていると放っておけない。
「こっちに来い」と兄が言った。
「嫌だ」と弟が言った。
「危ないから降りてこい」
「危くない」
「落ちたらどうする」
「落ちない」
弟は発明工房の屋根の上にいた。いちばん高いところだ。
「チンパンジーに怒られるぞ」
「チンパンジーはいない」
「帰ってきたら怒られる」
「帰ってきたら降りる」
兄はため息をついた。理屈が通っているようで通っていない。
うろうろしていたら、クモザルが高い木のブランコから降りてきた。
クモザルは、中南米の熱帯雨林に生きるサルだ。手足と尻尾の五本を全部使って、木の間をすばやく移動する。アクロバットが得意で、高いところが好きだ。
「屋根の上、楽しいか」とクモザルが弟に言った。
「楽しい! 景色がいい!」
「そうだろうな。おれも高いところが好きだ」
クモザルは屋根の高さを見た。クモザルが毎日いる木の高さに比べたら、かなり低い。
「危なくはないと思うが」とクモザルが兄に言った。
「そういうことじゃない。いつの間にかいなくなってるのが問題だ」と兄は言った。
「気づいたらいた」と弟が言った。
「気づいたらいたって、どうやって登った」
「……わからない」
「わからないのか!」
「自然に登った」
クモザルは少し考えてから、屋根の上に軽々と跳び上がった。弟のそばに降り立った。
「こっちから見ると、いい景色だな」
「でしょ!」
「ただ、降りるときは気をつけたほうがいい。登るより降りるほうが難しいから」
「どうやって降りればいい?」
「後ろ向きで降りると楽だ。足から先に」
「教えてくれる?」
クモザルが手順を見せた。弟はそれを見て、同じようにゆっくりと降りた。
地面に着いた。
「できた!」
「うん。次からはそうやって降りろ」
弟は兄を見た。兄は安心した顔をしていたが、すぐに困った顔になった。
「だから最初から登るな」
「登りたかった」
「なんで」
「高いところが好き」
「……そういうことを、登る前に言え」
「言ったら止められる」
「止める」
「だから言わない」
ため息がふたつ重なった。兄のため息と、クモザルのため息だ。
「弟の気持ちはわかる」とクモザルが言った。「高いところは気持ちいい。でも、登る前に一言言えば、だれかが一緒に来てくれるかもしれない」
弟は少し考えた。
「一緒に登っていい?」
「おれはいい」とクモザルが言った。
「じゃあ次は言う」
兄はもう一度ため息をついた。
「次は止める」
「止めてみろ」
「止める」
「無理だ」
「……試す」
クモザルは高い木のブランコへ戻りながら、小さく笑っていた。兄弟というのは、面白いものだ。




