第二話 チンパンジーの発明が失敗した日
チンパンジーが発明工房の前に集合をかけた。
集まったのはカニクイザルだけだった。
「今日はこれを完成させる」とチンパンジーが言った。
木と蔓と石を組み合わせた装置がある。「水を遠くまで飛ばす仕組み」らしい。
「前回と何が違う?」とカニクイザルが聞いた。
「石の角度を変えた」
「前回も石の角度を変えた」
「今回はさらに変えた」
「どのくらい」
「十五度」
「前回は何度変えた」
「十度」
「五度しか違わない」
「五度は大きい。おまえにはわからないかもしれないが、角度は重要だ」
チンパンジーは、中央アフリカから西アフリカに生きるサルの仲間だ。ヒトと最も近い動物で、道具を使い、仲間に使い方を教える文化的な行動を持つ。知能が非常に高く、問題解決が得意だ。
カニクイザルは、東南アジアに広く分布するサルだ。海岸近くに暮らし、石を使って貝を割って食べることで知られている。道具を使う能力が高い。
「試してみよう」とチンパンジーが言った。
「割っていい部分はあるか」とカニクイザルが聞いた。
「今日は割る部分はない」
カニクイザルは少しがっかりした顔をした。
チンパンジーが装置を動かした。石が動いた。蔓が引っ張られた。木が傾いた。
水が飛んだ。真横に。
チンパンジーがまともに受けた。
「……」
全身びしょぬれで、動かなかった。
カニクイザルはそれを見て、少し間を置いてから言った。
「割っていいか」
「何を」
「石を」
「今は関係ない」
「気が紛れるかと思って」
「…………どうぞ」
カニクイザルは石をたたき割った。
チンパンジーは水を払いながら、装置を見た。
「……二十度にすれば正面に飛ぶかもしれない」
「また試すのか」
「試す。これは試作品だ」
「失敗したのでは」
「失敗ではない。試作の途中だ」
「それは同じじゃないのか」
「違う。失敗は終わりだ。試作は続きがある」
カニクイザルはしばらく黙って、それから頷いた。
「……そうか」
「手伝うか」とカニクイザルが聞いた。
「割る以外でできることがあれば」
「蔓を押さえておく」
「それはできる」
ふたりは一緒に装置を直した。チンパンジーが角度を調整して、カニクイザルが蔓を押さえた。
もう一度動かした。
今度は水が、まっすぐ前に飛んだ。
ふたりとも、少しの間、その水が飛んでいくのを見ていた。
「……飛んだ」とカニクイザルが言った。
「飛んだ」とチンパンジーが言った。
それだけだった。それだけで、十分だった。
「割っていいか」とカニクイザルが言った。
「お祝いに石を」
「どうぞ」
カニクイザルは地面の石をたたき割った。それがその日のお祝いだった。




