第五話 カナリアが歌わなくなった日
カナリアは、大西洋のカナリア諸島が原産の鳥だ。もともとは野生の緑がかった鳥だったが、長い年月をかけて飼い慣らされ、黄色い羽の美しい鳥になった。オスが特に複雑で美しい歌を歌う。その歌声は非常に豊かで、聞く者の何かを揺さぶる。
ただし、枝道のカナリアには困ったことがある。
歌うと、みんなが泣く。
泣かせたくて歌っているわけじゃない。ただ歌いたくて歌っている。でも歌い終わると、周りの子が目を赤くしていたり、黙ってしまったりする。
ある朝から、カナリアが歌わなくなった。
前の日、歌い終わったときにキバタンが大声で泣いていた。
キバタンは、オーストラリア生まれの大型の鳥だ。白い羽に黄色い冠羽を持つ。感情の起伏がとても大きく、喜怒哀楽が全部でかい。悲しいときは大声で泣く。
「なんで泣いてるの」とカナリアが聞いた。
「わからない! でも泣ける!」とキバタンが言った。
「何かつらいことがあった?」
「ない! でも泣ける!」
「……歌のせい?」
「そうかもしれない! でもそれがなんか嫌じゃなくて、でも止まらなくて!」
カナリアはそれを聞いて、少し考えた。
泣かせてしまった。
悪いことをしたわけじゃないとは思う。でも、だれかを泣かせるために歌いたいわけじゃない。
次の朝、カナリアは歌ステージの前まで来て、止まった。
そのまま、歌わずに戻った。
一日が経った。
「カナリア、今日は歌わないの?」とセキセイインコが聞いた。
「うん」
「なんで?」
「……泣かせるから」
「泣かせるって、みんなのこと?」
「キバタンが泣いてたから」
「キバタンはいつも泣いてるじゃない」
「歌のせいで泣いてた」
セキセイインコは少し首をかしげた。
「でもキバタン、嬉しそうだったよ」
「泣いてたのに?」
「うん。泣きながら「止まらない」って言ってたけど、顔は嬉しそうだった。少なくともわたしにはそう見えた」
カナリアはセキセイインコを見た。
「……嬉しいのに泣くことってあるの?」
「あると思う。すごく感動したとき、とか」
「感動……」
カナリアはしばらく考えた。
でも、すぐには決められなかった。泣かせていいのかどうかが、まだよくわからない。
四日目の朝、オカメインコがカナリアのそばに来た。
冠羽は、ゆっくり揺れている。穏やかな感じだ。
「歌わなくなったの、気になってた」とオカメインコが言った。
「ごめん、みんなを泣かせるから」
「泣かせることが嫌なの?」
「泣かせたいわけじゃないから」
「泣かせたくないから歌わない、ってこと?」
「……うん」
オカメインコは少し考えた。冠羽が少しだけ横に広がった。リラックスしているときの動きだ。
「わたし、カナリアの声を聞いたとき、泣かなかったけど、何かが胸の中で動いた」
「何が?」
「わからない。でも、その動いた感じが、気持ちよかった」
カナリアは黙っていた。
「泣く子は泣くと思う。それはカナリアのせいじゃないと思う。泣きたかったから泣いたんだと思う。カナリアの声は、そういう気持ちを引き出すだけで、泣かせようとしてるんじゃないから」
「……引き出す?」
「うん。押しつけてるんじゃなくて、引き出してるだけだと思う」
カナリアは、オカメインコの冠羽を見た。ゆっくり揺れている。
「……少し考える」
「うん」
その日の夕方、カナリアはまた歌ステージの前に来た。
少し立っていた。
それから、ゆっくり歌い始めた。最初は小さな声で。だれも近くにいない時間を選んだ。
歌いながら、これでいいのかよくわからなかった。でも声は出た。続いた。
歌い終わって、しばらく立っていた。
遠くで、キバタンの声がした。
「また聞こえた!! また泣ける!!!」
カナリアは羽を少しだけ膨らませた。
泣かせてしまった。でも、キバタンの声は嬉しそうだった。少なくとも、そう聞こえた。




