第二話 ハトが迷子になった(でも認めない)
ハトは、中東から地中海沿岸が原産の鳥だ。人間と長い歴史を持つ鳥で、「伝書鳩」として遠い場所へ手紙を運んできた。帰巣本能が非常に強く、千キロ以上離れた場所からでも自分の巣へ帰れる。方向感覚が自慢だ。
ただし、トリの枝道のハトは、迷子になる。
なぜかはわからない。でも迷子になる。そして認めない。
その日の昼、ハトは枝道の外れを歩いていた。
「…………」
周りを見た。知らない木が続いている。
「…………」
もう少し歩いた。知らない岩がある。
「…………」
立ち止まった。
迷子だ。絶対に迷子だ。でも認めない。これは探索だ。
「あれ、ハト?」
声がした。キンカチョウだ。
「探索中だ」とハトは即座に言った。
「枝道からかなり離れてるけど」
「把握してる」
「じゃあ、どっちが枝道の方向?」
「……あっちだ」
「逆だよ」
「……そうか」
「一緒に戻ろうか」
「迷ってないが」
「わかった。一緒に枝道の方向へ向かおう」
キンカチョウはすたすたと歩き始めた。ハトはその後ろについていった。ついていく形になったが、ハトは「ついていっている」とは思っていない。同じ方向へ向かっているだけだ。
枝道に戻ると、セキセイインコが「あ、帰ってきた」と言った。
「探索から戻った」とハトが言った。
「迷子だったんでしょ」
「違う」
「キンカチョウが連れてきたじゃない」
「一緒に向かっただけだ」
セキセイインコはキンカチョウを見た。キンカチョウは日誌に記録していた。「ハト:迷子の状態で発見。本人は探索と主張。頑固さは変わらず」。
「ハトって帰巣本能あるんでしょ」とセキセイインコが言った。
「ある」
「じゃあなんで迷子に」
「迷子ではない」
「じゃあなんで「探索」のたびに違う場所にいるの」
「……地形を研究している」
「いつか認めると思うよ」
「認めることがない」
その夜、ハトは観察ノートの木のそばに立っていた。
木の幹の割れ目に、キンカチョウの日誌がしまってある。今日の「探索」のことも書いてある、たぶん。
ハトはしばらくそこに立っていたが、日誌には近づかなかった。
空を見上げた。星が出ていた。
帰巣本能はある。それは本当だ。自分の枝はいつでも帰れる。でも知らない場所に行くと、少し、わからなくなる。
「……地形を研究している」
もう一度、だれもいない場所で言った。
少しだけ、小さい声で。




