第六話 ユキウサギが今日も誰かに「誰?」と言われた
ユキウサギは、北アメリカから北欧にかけての寒い地域に生きる野生のウサギだ。冬になると毛が白くなり、雪の中に溶け込む保護色になる。夏になると茶色に戻る。後ろ足が大きくて、雪の上でも沈まずに走れる。
ウサギ草原のユキウサギが困っているのは、この毛色変化のせいだ。
毎年、驚かれる。
毎年、「誰?」と言われる。
自分でも、たまに忘れる。
その朝、ユキウサギは草原を歩いていた。
今は秋の終わりで、毛が少しずつ白くなってきている。
「おはよう」と声をかけてくれた子がいた。
「おはよう」と返した。
その子がびっくりした顔をした。
「……誰?」
「ユキウサギ」
「え、ユキウサギ?! 毛が白くなってる!」
「なってる。毎年なる」
「そうだったっけ!」
毎年驚かれる。毎年「そうだったっけ」と言われる。
ユキウサギはため息をついた。
「毎年なるよ。秋の終わりから冬にかけて白くなって、春になったら茶色に戻る」
「すっかり忘れてた!」
「わかった。来年も同じことを言う」
「来年は驚かないようにする!」
「去年もそう言ってた」
「……ごめん」
「いいよ」と言って歩き続けた。
怒っているわけじゃない。毎年こうだから、もう慣れた。ただ、少し、さびしい気がすることはある。毎年同じ自分なのに、毎年新しい自分みたいに扱われる。
草原のはずれで、アンゴラが声をかけてきた。
「ユキウサギ、毛が白くなってきたね」
「うん」
「きれい」
ユキウサギはアンゴラを見た。
「驚かないの?」
「毎年なるから」
「みんな忘れるのに」
「わたし転ぶたびに助けてもらってるから、人のこと忘れないようにしてる」とアンゴラが言った。「ユキウサギは毎年白くなる。それ、ちゃんと覚えてる」
ユキウサギは少し黙った。
アンゴラの毛がふわふわで、風に揺れている。
その子が転ぶたびに、みんなが来る。転んだことをきっかけに、だれかを覚えていく。アンゴラの転倒は、そういうふうに、いろんなものを残してきたのかもしれない。
「……ありがとう」
「ユキウサギが白い間、並んで歩くとわたしたち似た色になるね」
「そうだね」
「嬉しくない?」
ユキウサギは少し考えた。
「嬉しい、かも」
「よかった」
ふたりはしばらく、ならんで草原を歩いた。
白いユキウサギと、白いアンゴラが、草原の緑の中を歩く。
遠くから見たら、ふわふわした白いものがふたつ動いているように見えた。
ネザーランドドワーフはそれを見て、ノートに記録した。「ユキウサギ、本日の白化確認。アンゴラと並んで歩いていた。どちらも白かった」。




