第三話 ジャックラビットの耳に入りすぎる情報
ジャックラビットは、北アメリカの砂漠地帯に生きる野生のウサギだ。耳が体の半分くらいある。この大きな耳は、暑い砂漠で体温を逃がすための器官で、耳の中に血管がたくさん通っていて、風を当てると熱を放散させる仕組みになっている。時速七十キロで走れる。ただ、耳が大きすぎるせいで、聞きたくない音まで全部聞こえてしまう。
その日の朝、ジャックラビットは草原の端で静かにしようとしていた。
うまくいかなかった。
「……西の草むらのほうで、何か小さい生き物が動いてる音がする」
「そう」とネザーランドドワーフが言った。ノートに何かを書いている。
「北のほうから、風の音に混じって、何かが転がる音がする」
「アンゴラじゃないか」
「違う。アンゴラが転ぶ音はもっと「ふわっ」とした音だ。これは小石みたいなものが転がる音」
「記録した」
「あと、備蓄小屋の地下から、水の音がかすかに聞こえる。昨日よりすこし大きくなった気がする」
ネザーランドドワーフが顔を上げた。
「本当か」
「聞こえる。おれの耳は間違えない」
ネザーランドドワーフはノートに素早く記録した。「備蓄小屋地下水路:音量増加。ジャックラビット証言あり(二日連続)」。
ジャックラビットは大きな耳をぴくぴくさせた。耳を倒そうとしても倒れない。立ちっぱなしだ。ある程度は動かせるけど、全部の音を遮断することはできない。
「さっきから草原の向こうで、だれかが歌ってる」
「歌?」
「遠くから。きれいな声だ」
ネザーランドドワーフは少し首をかしげた。
「だれだろう」
「わからない」
ジャックラビットは耳をそちらに向けた。
それは、静かな声だった。
高くはない。低くもない。ただ澄んでいて、遠くから届くのに、どこかすぐそばで聞いているような気がする。朝の草原に、一本の線みたいに、まっすぐ届いてくる。
「毎日聞こえる気がしてた。でも今日ははっきり聞こえた」
ホーランドロップが草の上に座って、じっと耳を傾けていた。
「わたしには聞こえないけど、毎日聞こえるってどういう感じ?」
ジャックラビットは少し考えた。
「知らない声なのに、知ってる気がする、かな。会ったことないのに、遠くに友達がいる感じ」
ホーランドロップはたれた耳をぱたぱたさせた。
「それ、いいね」
「そう?」
「うん。遠くに友達がいるって、いい感じじゃない」
ジャックラビットは少し黙った。
普段、耳に入りすぎる情報はうるさいだけだ。聞きたくない話が全部聞こえる。内緒話も聞こえる。遠くの物音も聞こえる。
でも、あの歌声だけは、うるさくない。
聞こえてきたとき、少しだけ草原が広くなった気がする。
「……そうかもしれない」
ジャックラビットは言った。その日の午後もずっと、どこかから歌声が聞こえた。どこにいるのかはわからない。でも確かに、聞こえた。




