第二話 アンゴラ、また転ぶ
アンゴラは、また転んだ。
草原を歩いていて、足元の草に毛が絡まって、そのままゆっくり前に倒れた。
「……あ」
声が出た瞬間には、もう草の上だった。
アンゴラは、トルコ生まれのウサギだ。全身がふわふわの長い毛で覆われていて、遠くから見ると毛の塊に見える。毛がとても長くて細いから、よく草に引っかかる。段差に引っかかる。自分の足に引っかかる。だから転ぶ。毎日転ぶ。本人もわかっている。
「アンゴラ!」
フレミッシュジャイアントが走ってきた。
フレミッシュジャイアントは、ベルギー生まれのウサギだ。体重が十キログラムを超えることもある。大きくてどっしりしていて、見た目はかなり迫力がある。でも性格は草原でいちばん心配性かもしれない。アンゴラが転ぶたびに真っ先に来るのは、毎回フレミッシュジャイアントだ。
「大丈夫?! 痛くなかった?! 起きれる?!」
「大丈夫」とアンゴラは草の上から言った。
「ほんとに?! 毛が絡まってない?!」
「絡まってる。でも毎回絡まってるから、慣れた」
「慣れちゃだめだよ!」
フレミッシュジャイアントは大きな前足でアンゴラをそっと起こした。アンゴラの毛がわさわさと揺れた。フレミッシュジャイアントの目がうるんでいる。
「泣かないで」とアンゴラが言った。
「泣いてない。目が潤んでるだけ」
「それを泣くっていうんだよ」
フレミッシュジャイアントが前足で目を押さえた。大きな体が小刻みに揺れている。
アンゴラは起き上がって、毛をぱたぱたとほぐした。草の切れ端がいくつか、毛から落ちた。
「また毛が抜けた」
「そうだよ! 転んだから!」
「毛玉の泉、また大きくなるな」
「そんな場合じゃない!」
「いや、べつに場合というほどのことでもないんだが」
その頃、ジャックラビットが猛速で戻ってきた。
「あー、また転んだか」
「うん」
「毛、落ちてる」
「わかってる」
「泉に持っていく?」
「どうぞ」
ジャックラビットは落ちた毛を鼻先でつついてひとまとめにして、ふわふわ毛玉の泉のほうへ走った。あっという間に見えなくなった。速い。
レックスが来た。ライオンヘッドが来た。ホーランドロップがやってきて「大丈夫だった?」と聞いた。ナキウサギが備蓄小屋から顔を出して「また転んだか」と言った。スマトラ縞ウサギが少し遠くから見ていた。ネザーランドドワーフが「転倒:本日二回目」とノートに鼻先で触れながら文字を追った。
いつの間にか、草原の真ん中にみんなが集まっていた。
アンゴラはそれを見て、すこし笑った。
「毎回みんな来るね」
「来るよ」とフレミッシュジャイアントが言った。目はまだうるんでいる。
「来なくていいのに」
「来たいから来る」
アンゴラはそれ以上何も言わなかった。
毛がふわふわしていると、そばに来たくなるらしい。アンゴラが転んだ後、みんながそのままその場に座って話すのは、いつもそうなる。転んだアンゴラの毛に、だれかが何となく鼻を近づける。その温かさが、また別のだれかを引き寄せる。
気づいたら、そこだけ草原がにぎやかになっている。
転ぶのは好きではない。でも、転んだ後のこの感じは、悪くない。
ほんの少し、そう思っている。




