第一話 ネザーランドドワーフの几帳面すぎる計画
ウサギ草原は今日も、草がやわらかい。 走ると気持ちいい。転ぶと、もっと気持ちいい。 ただしアンゴラだけは、転んだことを気持ちよく思っていない。たぶん。
ウサギ草原について
ウサギ草原は、名前のとおり広い草原だ。
草が青くてやわらかくて、足の裏に当たる感触が気持ちいい。風が吹くと草がいっせいにそよいで、遠くまで波みたいに広がっていく。春には小さな花が咲いて、秋になると草が少し色づく。
草原の端に、備蓄小屋がある。
ナキウサギが管理している小屋で、草や食べ物がぎゅうぎゅうに詰め込まれている。在庫ボードがいつも更新されている。小屋の中はひんやりしていて、地面の下をよく聞くと、かすかに水の音がする気がする。気のせいかもしれない。
草原のはずれに、ふわふわ毛玉の泉がある。
アンゴラが転ぶたびに毛が草原に落ちて、それが少しずつ溜まってできた場所だ。ふわふわの毛がふんわり積もっていて、疲れたときに鼻を近づけるとなんとなく気持ちがほぐれる。
ここに暮らすウサギは、十匹だ。
ネザーランドドワーフは、夜明け前から起きていた。
草原の真ん中に立って、ノートを広げている。今日の予定が、きっちり書いてある。
午前七時:起床・身だしなみ確認。 午前七時半:備蓄小屋の在庫確認。 午前八時:きまり帳の点検。 午前八時半:草原の状態チェック(草の高さを十か所計測)。 午前九時:全員への今日の予定共有。
「完璧だ」
ひとりごとを言った。
ネザーランドドワーフは、オランダ生まれのウサギだ。世界でいちばん小さいウサギの品種のひとつで、丸くてコンパクトな体に、小さな耳がついている。几帳面で、ノートをとるのが好きだ。きまり帳の管理者で、きまりに関することなら何でも知っている。草原の出来事を全部記録している。
「ねえ、ネザー」
ホーランドロップが声をかけてきた。
「なんだ」
「そのノート、今日の予定?」
「そう。午前九時から全員に共有する」
「何ページある?」
「今日分だけで十二ページ」
「……多くない?」
「多くない。去年より四ページ少ない」
ホーランドロップはたれた耳をぱたぱたさせた。それからゆっくり言った。
「みんな聞くかな」
「聞く。礼儀だと思う」
「礼儀は強制できないよ」
「でも、お願いはできる」
ネザーランドドワーフはノートを閉じて、草原を見渡した。
フレミッシュジャイアントが草原の端でのんびりしている。アンゴラがすでに一回転んでいる。ジャックラビットが草原の向こう側を猛速で走り抜けた。ユキウサギが草の上に座って、自分の毛を見ている。レックスとライオンヘッドが何かを話している。スマトラ縞ウサギが少し離れた場所に一匹でいる。ナキウサギが備蓄小屋から出たり入ったりしている。
全員がばらばらだ。
「……集めてくれる?」とネザーランドドワーフがホーランドロップに言った。
「声かけてみようか」
「お願いしていい?」
「うん」
ホーランドロップは草原を歩きはじめた。一匹ずつ声をかけて、じっくり話を聞いてから「ネザーが集まってほしいって」と伝える。フレミッシュジャイアントはすぐ来た。アンゴラは来る途中でまた転んだ。ジャックラビットは耳をぴくぴくさせながら来た。ユキウサギはゆっくり来た。レックスとライオンヘッドはならんで来た。スマトラ縞ウサギは少し間を置いてから来た。ナキウサギは「ちょっと待って、今ちょうど草を一束入れ終わったとこ」と言ってから来た。
草原の真ん中に、全員が集まった。
ネザーランドドワーフはノートを開いた。
「では、今日の予定を共有する。まずページ一から――」
ジャックラビットの大きな耳が、ぴたりと止まった。
「ちょっと待って」
「なんだ」
「今、草原の向こうのほうから、何か聞こえた」
全員がそっちを向いた。何もいない。草が揺れているだけだ。
「……なんでもないと思うが」
「いや、かすかに、水の音がした。地面の下から」
ネザーランドドワーフは一瞬止まって、ノートに素早く書き足した。「備蓄小屋地下水路:音量増加? 要確認。ジャックラビット証言あり」。
「記録した。今日の午後に確認する。では予定共有に戻る」
フレミッシュジャイアントがすこし身を縮めた。大きいのに、なんとなく心細そうな顔をしている。
「地面の下に、なにかいる?」
「わからない。だから確認する」
「こわくない?」
「怖くない。記録するだけだ」
フレミッシュジャイアントは頷いたが、耳がすこし下がっていた。ネザーランドドワーフはそれを見て、少し声を柔らかくした。
「大丈夫だ。今まで何もなかったし、今日もたぶん何もない」
「たぶん?」
「……九十九パーセント、何もない」
「一パーセントは?」
「記録してから考える」
フレミッシュジャイアントはまだ少し不安そうだったが、ホーランドロップがそっと隣に来て座ったので、耳が少し戻った。
予定共有は、結局ページ三まで終わったところで全員が別の話をしはじめた。
ネザーランドドワーフはため息をついた。でもノートに「予定共有:ページ三まで完了(来週に続き)」と書いて、それで満足した。
進んだのだから、よしとする。
その日の夕方、ネザーランドドワーフは備蓄小屋の地下に耳を当ててみた。
何も聞こえない、と思った。
でも、長くじっとしていると、かすかに何かが動いている気がした。水の音かもしれないし、気のせいかもしれない。
ノートに書いた。「地下の音:不明。引き続き観察」。
それだけ書いて、草原に戻った。




