第五話 ラグドールがどこでも眠る件
猫の路地には、眠るのに適した場所が三か所ある。
日向ぼっこデッキ。押し入れ。路地のいちばん奥の石畳の角。
全部、ラグドールがいることが多い。
朝、日向ぼっこデッキにラグドールがいた。
ふわふわの毛が日差しに当たって、まるで雲が落ちてきたみたいだった。目を細めて、ただそこに溶けている。
「……また取られた」
と、メインクーンが離れたところから言った。
「早く来た子のものだから」
と、シャムが言った。
「何時に来たの」
「知らない。起きたらいた」
昼、押し入れの前にシンガプーラが立っていた。
考え事をしたい日だった。あの暗さと狭さが、今日はちょうどほしかった。
でも戸を開けると、ラグドールがいた。
丸まって、静かに眠っている。
シンガプーラはしばらく戸口に立っていた。
「……起こしていい?」
「やめといたほうがいいよ」
と、スコティッシュフォールドが通りながら言った。
「なんで」
「起こすと触りたくなる。触ると離せなくなる」
「それはない」
「やってみれば」
シンガプーラはラグドールの肩をちょいと突いた。
ラグドールがゆっくり目を開けた。半開きの目で、シンガプーラを見た。
「……ん」
「ここ、使いたいんだけど」
「……うん」
動かない。目がまた閉じかかっている。
「どいてくれる?」
「……うん」
動かない。
シンガプーラはため息をついた。どかそうと前足を伸ばして、ラグドールの毛に触れた。
ふわふわだった。思っていた十倍くらいふわふわだった。
前足が止まった。
「……すごい」
「……でしょ」
と、ラグドールが目を閉じたまま言った。
「なんでこんなにふわふわなの」
「生まれつき」
「ずるい」
「触ってていいよ」
シンガプーラは少し考えて、押し入れの中のラグドールのそばに座った。考え事をしようとしていたことは、すっかり忘れた。
夕方、路地の奥の石畳の角にラグドールがいた。
いつの間にか移動していた。三毛猫が通りかかって、横になっているラグドールを見た。
「一日中眠ってない?」
「眠ってた」
と、ラグドールはのんびり言った。
「三か所も?」
「気づいたらそこにいた」
三毛猫はため息をついた。でも怒っているわけじゃない。ラグドールに対して怒るというのが、なんとなく難しい。
「あんた、何か考えてることってあるの」
「ある」
と、ラグドールが言った。
「たとえば」
「今日、スフィンクスがひとりで外に出て空を見てた。寒そうだった。でも幸せそうだった」
三毛猫は少し驚いた。
「見てたの」
「ここから見えた」
「声かけなかったの」
「かけなくてよさそうだったから」
三毛猫はラグドールを見た。半分眠っているような顔で、でもちゃんとしたことを言う。
「……あんた、ちゃんと見てるんだね」
「眠ってるときも見てる」
「どういうこと」
「わからない。でもそういう感じがする」
三毛猫は少し笑った。
「日向ぼっこデッキ、明日はちゃんと場所あけといて」
「うん。でも早く来た子のものでしょ」
「あんたが一番早く来るでしょ」
「それはそう」
ラグドールは目を閉じた。
三毛猫は路地を歩いていった。
背中のほうから、ラグドールのやわらかい寝息が聞こえてきた気がした。




