めんどくさい連中
「ミラ・ルーゼンを渡せ」
武装した連中、その先頭にいた男がはっきりとそう言った。
「はぁ……」
俺は大きく息を吐く。
「……なんか、どんどん面倒くさいことになってきたな」
そう言いながらも、頭の中はもう戦闘モードに切り替わっている。
どうせ逃げ場はないからな。
通路はそこまで広くない。
向こうは数が多いが、前に出られるのは限られる。
ならむしろ戦いやすいか。
そう考えたところで、フィオナが小さく俺を見上げた。
「ロイドさん」
「ん?」
「倒しちゃっていいんですよね?」
一瞬だけ間が空く。
いや、そうなるよな。
こっちはもう武器を抜かれてるし、ダンジョンの中だし、話し合いで済む顔でもない。
「……ああ。まぁ、そうだな」
「分かりました」
その返事は妙にあっさりしていた。
「いやいや、でもあの人数だぞ――」
次の瞬間には、もういない。
いや、見えてるんだが速すぎてそう見える。
フィオナが床を蹴った。
細い身体がまっすぐ前に出る。
先頭の男が剣を振り上げるより、半拍早い。
懐へ潜り込む。
躊躇がない。
魔物相手と違って、相手の中心線がはっきりしている分、こいつは余計に速く感じた。
短剣が閃く。
まず一人目の手首。
武器を持つ側だけを浅く裂く。
剣が落ちる。
次の動きに繋がる前に、もう身体は二人目へ流れていた。
首じゃない。
回り込んで膝裏。
前に出ようとしていた男が、バランスを失って前のめりに倒れる。
そのまま三人目の進路も塞がった。
「おいおい、なんだよあれ……」
思わず声が漏れる。
速いとかそういう次元じゃない。
相手の動き出しを、最初から知ってたみたいな動きだ。
日頃から強い強いとは思っていたが、対人戦になるとああも実力が露顕するのか。
そしてその時、視界の端に例の表示が浮いた。
【戦闘適性:S+ → SS】
【敏捷:A → A+】
【副作用:執着増加 ↑】
「……うわ、まだ強くなんのかよ」
思わず引く。
いや、今は感心してる場合じゃないんだが。
フィオナはそんな俺の内心なんか当然知らないまま、三人目の喉元へ短剣を当てていた。
男が止まる。
その後ろで、残り二人が一瞬だけ足を止める。
そりゃ止まる。
目の前で三人がほぼ同時に無力化されたんだから。
「お、おい……っ」
後ろにいた傭兵の一人が、明らかに声を震わせる。
「D級相手って聞いてたんだが……!」
「どう見ても違うだろ!」
もう一人も半歩だけ後ずさる。
「こんなの、B級以上はあるって……」
床に転がった男が呻く。
まぁ、気持ちは分かる。
実際、こっちも最近ちょっとそう思い始めてる。
フィオナはそんな声なんか聞こえていないみたいに、すっと一歩踏み出した。
それだけで、残っていた二人の顔色が変わる。
もう戦う目じゃない。
逃げるか、降参するか、どっちかを選び始めたような目をしている。
「ロイドさん」
フィオナが短く聞く。
「まだやりますか?」
「まぁ一応、捕えといた方がいいかな?」
俺がそう返した、その瞬間だった。
最後尾にいた一人が踵を返した。
「ちっ、やってられるか!」
完全に戦意が切れている。
逃げたか。
まぁ判断としては正しい。
少なくとも、フィオナの前に立ち続けるよりは。
だが。
「逃がしません」
静かな声だった。
リーゼが手を前にかざす。
火が、音もなく灯る。
そのまま細い火線が一閃した。
まっすぐだった。
逃げ出した男の足元、装備の間をくぐった布部分を貫いた。
「うわ……あ、あちぃ……!!」
案の定、着火し、燃え上がる。
男はその場で転がり込んだ。
そして二人目、
次は装備の胴部分をかいくぐり、見事その隙間に炎の矢を撃ち抜く。
「うあぁあああ……っ!」
リーゼは杖を下ろして、淡々と言った。
「はい、終了です」
「……か、可哀想に」
俺は同情することしかできなかった。
「当然の報いです」
リーゼは真顔でそう言った。
「ロイドさん……っ!」
次はフィオナ。
えらく上機嫌だ。
「終わったので、甘えていいですか?」
血に濡れた短剣を持って、何言ってんだこの子。
五人いた傭兵たちは、全員もう立てなかった。
生きてはいる。
だが、終わってる。
「では、逃げられないよう拘束しますか」
リーゼが発動したのは、拘束魔法。
炎の輪が彼らを背中合わせに捕らえる。
「あつ……!」
さっきみたいに燃えるほどじゃなさそうだが、彼らは全員苦悶の顔を浮かべている。
ああ……本当に可哀想。
そして一方のセドリックもハンナも、もう何も言えない顔でそれを見ており、
ミラはその場に立ち尽くしていた。
セドリックが小さく息を吐く。
「……アイツ、ここまでやるのか」
その声には、怒りより疲れが滲んでいた。
セドリックのいうアイツとは、おそらく支部長のガルシアというやつのことだろう。
「ね、もう分かったでしょ」
ハンナは掠れた声だった。
「ガルシアは、私たちのことまで切り捨てるつもりだったんだよ」
セドリックは何も言い返さない。
「私たちも、もうやめようよ。こんな仕事」
短い沈黙。
それから、ハンナは少しだけ無理に笑った。
「それで二人でさ、何か始めよう?」
セドリックがようやく顔を上げる。
そして、小さく息を吐いた。
「……あぁ」
その声は、思っていたよりずっと弱かった。
「そうだな。それもいいか」
そこでようやく、空気が緩む。
セドリックとハンナはもう敵じゃない。
あとはこの傭兵どもを引きずって帰って、協会にでも突き出せば一段落か――
そう思った、その時だった。
「……ん?」
違和感が走る。
視界の端。
ミラの頭上。
いつもと同じように浮かんでいた文字列が、ゆっくり書き換わっていく。
【ギルド所属:王都探索局 第七監査部】
↓
【ギルド所属:彼方の星】
思わず目を細める。
やっぱりそういうことか。
本人が残りたいと言っただけじゃ変わらなかった。
こっちが受け入れただけでも変わらなかった。
だが今、向こう側が完全に諦めた。
もう自分たちのものとして扱えなくなった、その瞬間に切り替わった。
所属ってのは、そういうもんらしい。
……よかった、ミラ。
いや、ほんとによかったのか?
またややこしい仲間が増えただけじゃ――
そこまで考えたところで、さらに別の表示が割り込んできた。
【才能:防護剣術】
【戦闘適性:C → A】
【知力:B】
【敏捷:C】
【武器適性:細剣A】
【状態:最適化】
【副作用:正義感の暴走】
正式なステータスが視界に入る。
あぁ、やっぱり強くなってんだな。
今うちのギルドは攻めに特化しすぎていた。
ここで守りの剣が入るのは、ギルド的にもまぁありがたいことか。
ただ一つだけ気になる部分。
副作用による正義の暴走。
こりゃ一体なんなんだ……?
「ミ、ミラ……!?」
切迫する声の先、
そこにいたのは、倒れた傭兵じゃない。
セドリックとハンナだった。
そして二人の視線の先には、
細剣を彼らに向けるミラの姿。
「あなたたちも同じだよ」
ミラが言う。
声は冷静だった。
「不正を知っていた。止めなかった。結果として武力行使に繋がる流れになった」
セドリックが顔を上げる。
「ミラ、待ってくれ……」
「待ってくれ?」
ミラの目が細くなる。
「ボクはずっと待ったよ。正しい手順で、正しいやり方で、ずっと待った」
剣先がわずかに持ち上がる。
ハンナの顔が引きつる。
「でも誰も動かなかった」
静かな声だった。
「だったら動かなかったヤツら全員、裁かれるべきだと思わない?」
そこでようやく、俺は理解した。
あの副作用の意味を。
今、正義の矛先が彼らに向いているんだ
セドリックが一歩だけ後ずさる。
ハンナは息を呑んだまま動けない。
フィオナもリーゼも、すぐには入れなかった。
さっきの連中と違って、今度の相手は何度も食卓を囲んだ相手だ。
生活の中で彼女と築いてきた絆のようなものが、俺たちの判断を狂わせている。
「……くそ、こっちの方が厄介じゃねぇか」
思わず本音が漏れる。
ようやく色々落ち着いた、その直後にこれかよ。
面倒にもほどがある。
目の前のミラはもう、こっちの軽口なんて聞いちゃくれないだろう。
そして視線はセドリックとハンナに向いたまま。
冷たい。
正しいことをしていると信じ切った目だった。
その目が、一番怖かった。




