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無能扱いの底辺ギルドマスター、助けた仲間がなぜか全員最強になっていく  作者: 甲賀流


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正義の暴走


 さっきの敵が襲ってきた時より、今の方がよっぽど面倒だった。


 何が面倒って、目の前のミラが完全に正しいモードに入っていることだ。


 怒鳴ってるわけでもない。


 泣いてるわけでもない。


 むしろ静かすぎる。


 そしてそういう時の方が、だいたい危ない。


 細剣の先にはセドリックとハンナ。


 もう折れてる相手だ。


 そこへなお踏み込もうとしている時点で、普通じゃない。


 ……さて。


 どう止める。


「ミラ」


 俺は低く呼ぶ。


 反応はない。


 聞こえていないわけじゃない。


 ただ、今のあいつの中では、俺の声よりも正しいことをしなきゃならないって考えの方が強いんだろう。


「ミラ、落ち着け」


「落ち着いてるよ」


 返ってきた声は、むしろ静かすぎた。


「ボクはちゃんと分かってる。この人たちは間違ったことをした。知っていたのに止めなかった」


 細剣の切っ先が、わずかに揺れる。


「だから誰かの代わりに、ボクが裁くだけだよ」


 だめだな。


 聞く耳を一切持ってない。


 こういう時に感情で止めようとしても、多分余計にこじれる。


 可哀想だからやめろ、も違う。


 ハンナはともかく、セドリックまで丸ごと庇うのは今のミラには届かないだろう。


 じゃあどうする。


 どう言えばこいつは止まる。


 正義が間違ってると言っても駄目だ。


 それは多分、こいつ自身を否定することになる。


 ミラはずっと、正しいことをする側でいようとしてきた。


 その結果がこれなんだから、そこを真っ向から折ればたぶん今度は本当に壊れる。


 だったら否定する場所はそこじゃない。


 正義そのものじゃなく、今の立場だ。


 今のミラがどこに立ってるか。


 そこを引き戻せれば、まだ止まる。


「ミラ」


 俺はもう一度呼ぶ。


「正義ってのはな、自分の立場で変わるもんだ」


 ミラの眉が、ほんの少しだけ寄った。


 聞いてはいるらしい。


 なら、まだ届く。


「王都探索局から見た正義と、協会から見た正義は違う。ギルドから見た正義も違う。要するに、自分がどこに立ってるかで正義ってのは変わるんだ」


 ミラはまだ剣を下ろさない。


 だが、さっきみたいな一直線の視線じゃなくなっていた。


「ミラ。今のお前は、王都探索局の人間か?」


 数秒、間が空く。


 その間に、ハンナが小さく息を止める音が聞こえた。


「……違う」


 絞り出すみたいな声だった。


「ボクは……彼方の星のギルドメンバー、だと、思ってる」


「そうだ」


 俺は頷く。


「だったら今のお前に必要なのは、探索局の正義じゃない。冒険者としての正義だ」


「……冒険者としての?」


「あぁ。俺たちは依頼をこなす。問題が起きたら、勝手に裁かず協会へ持ち帰る。こういう揉め事も、まずは協会に通す。それが協会に所属する冒険者のルールってやつだ」


 ミラの剣先が、ほんの少しだけ揺れた。


「冒険者として正しいってのは、そういうことだ」


 そこで一拍置く。


「それと」


 俺は少しだけ声を強めた。


「ギルドマスターの指示はちゃんと聞け」


 これはまぁだいぶ大袈裟だ。

 実際はもちろんそんなことはない。


 ギルドマスターだからって絶対君主って、おかしな話だからな。


 だが今のミラには、このくらい雑なくらいの方が響くだろう。


「ギルドマスターってのは絶対なんだ。そのギルドの長なんだから。ギルドの一員ってことは、ギルドマスターの言うことに従う。それこそが正義だと、俺は思ってる」


「……そんな決まりはないですけどね」


 後ろで、リーゼの小さな声がした。

 台無しである。


「ロイドさんが絶対です!」


 だがその直後、なぜかフィオナが少し嬉しそうにそう言った。


 フィオナは本気で信じちゃいそうだな。


 後で訂正しておこう。


 空気がほんの少しだけ緩む。


 その隙間みたいな瞬間に、ミラの手から力が抜けた。


 細剣の切っ先が、ゆっくりと下がる。


「……ボク、間違えるところだったね」


 声が、さっきまでとは違っていた。


 冷たくない。


 ちゃんと、ミラ自身の声に戻っている。


「よかった」


 俺がそう言うと、ミラはしばらく黙って、それから小さく頷いた。


「……うん」


 細剣を完全に下ろし切る。


 まだ手は震えているし、目の奥にもさっきの危うさが少し残っている。


 だが少なくとも、今この場でセドリックとハンナを斬りにいくことはなさそうだった。


「ごめんね、二人とも」


「あぁ。こっち、こそ」


「ううん、私もごめん。ミラ」


 三者、和解の瞬間だった。


「よし」


 俺はそこで息を吐く。


「あとは俺に任せてくれ」


 ミラが顔を上げる。


「でも」


「いいから下がれ。お前は今日はもう十分働いた。あとはゆっくり休んでてくれ」


 そう言うとミラは迷いながらも一歩引いた。


 その様子を見てフィオナとリーゼがミラの元へ駆け寄り、声をかける。

 

「お疲れ様です」


「あ、ありがとう」


 正式なメンバーとなってすぐだからか、その会話になんとなくぎこちなさを感じた。


 だが悪い空気じゃない。


 ミラの表情がわずかに緩んでいるのが、その証拠だ。


 だが、ようやくここからが本題だ。


 俺は小さく肩を回した。


「……さて」


 それから視線をまっすぐ二人へ向けた。


「セドリック。ハンナ」


 二人がびくりと反応する。


「ちょっと話をしようか」


 ここからは長年一人でギルドをやってきた、ロイド・バルハルト――お得意の交渉術だ。


 ……まぁそんな特別な術、持ってないんだけど。

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