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無能扱いの底辺ギルドマスター、助けた仲間がなぜか全員最強になっていく  作者: 甲賀流


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実地調査の日


 活動実地調査の日。


 空気は朝から張っていた。

 張っていた、というよりみんな妙に静かだった。


 フィオナはいつも通り朝食を作っていたが、包丁の音がいつもより少しだけ鋭い。


 リーゼは机の上に書類を並べ、何度目か分からない確認をしている。


 ミラは席に着いていたが、口数は少なかった。


 数日前、自分の過去を全部話したせいか、どこか吹っ切れたようにも見える。


 だがその代わり今度は別の緊張が乗っていた。


 そりゃそうだ。


 今日はその過去を作った側が、正式な顔をしてやってくる日なんだから。


「ロイドさん」


 リーゼが書類から目を上げる。


「協会規定の該当箇所、もう一度確認しますか」


「いや、いい。頭には入ってる」


「本当に?」


「十年E級やってた男を舐めるなよ」


 嫌でも覚える。


 ギルドってのは、強いだけじゃやっていけない。


 書類、規定、昇格条件、受注範囲、保護規定、苦情申請の筋道。


 誰も褒めちゃくれないが、ああいう地味なもんを知らないとあっさり潰れてしまう。


「私は今日もロイドさんの横にいます」


 フィオナが当然みたいに言う。


「知ってる」


「離れません」


「それも知ってる」


 ミラがそこで小さく息を吐いた。


「……なんか、ごめん」


「今さらだな」


 俺が言うと、ミラは少しだけ困ったように笑う。


 昨日よりはマシだ。


 少なくとも、今すぐ逃げようとしてる顔じゃない。


 やがて約束の時刻になり、扉が叩かれた。


 三回。


 迷いのない音だった。


 開けると、そこにいたのはセドリックとハンナだった。


 服装は前よりもさらにきっちりしている。


 役所の人間が「今日は正式です」と顔に書いて歩いてるみたいな格好だ。


 まあ、あながち間違いじゃないだろう。


「王都探索局、第七監査部による活動実態調査です」


 セドリックが言う。


「予定通り、実地確認を行います」


「そうか」


 俺は短く返す。


「で、今回はダンジョン同行ってわけだな」


「はい。昇格後の実働状況、戦力評価、危険判断、ダンジョン知識、連携の安定性を確認します」


「面倒だな」


「正式な手続きです」


「それが一番面倒なんだよなぁ」


 ハンナは前回よりも顔色が悪かった。



 それからダンジョンへ向かう道中、ほとんど会話はなかった。


 フィオナは俺の横。


 リーゼは少し後ろ。


 ミラはそのさらに後ろ。


 セドリックとハンナは最後尾。


 相変わらず妙な並びだなと思う。


 ダンジョンに入ってからしばらく、セドリックたちは黙って見ていた。


 ただ見ているだけに見えて、視線は細かい。


 立ち位置、歩幅、目線、通路の確認、前衛後衛の距離。


 そういうところをみてるんだろう。


「前、三体」


 リーゼが短く言う。


「気配は軽いです。犬型が二、後ろに小型が一」


「フィオナ、前を切れ。リーゼは後ろの一体だけ」


「はい」


「分かりました」


 いつもの流れだ。


 フィオナが踏み込む。


 速い。


 正面の一体目の喉を裂き、そのまま身体を流すように二体目の爪を躱す。


 そこへリーゼの火線が奥の一体だけを綺麗に焼いた。


 無駄がない。


 フィオナが返しの短剣で二体目を落とす。


 終了。


 セドリックたちは特に何も言わない。


 続きを進む。


 次は通路の狭い場所で、壁際から虫型の魔物が這い出してくる。


 俺が地形を見て立ち位置を変える。


 フィオナを左へ。


 リーゼを半歩下げる。


 ミラには俺の背後。


 その判断で、虫型は壁に押し込まれたままリーゼの魔法で燃やされた。


 そしてさらに進んでいく。


 調査ってのは、見る側より見られる側の方がよほど疲れるなと思う。


 いや、見る側も見る側で大変なんだろうが、少なくとも俺は好きじゃない。


「……この連携、ほんとにD級?」


 ぽつりと漏れたハンナの声が聞こえる。


 セドリックが横目で見る。


 そして魔物が落ち着いたところで、


「依頼選定は誰が?」


 セドリックが問いを投げる。


「主に俺だな」


「基準は?」


「危険度と報酬だけじゃない。通路の狭さ、撤退のしやすさ、突発戦闘の起きやすさ、階層構造。今の編成で事故が起きにくい依頼を選んでるだけだ」


「慎重ですね」


「十年分以上の慎重さがあるんでな」


 そんなこんなで依頼対象を片づけ終わったのち、少し開けた場所で小休止を取る。


 そこでセドリックが、ようやく本題みたいな声を出した。


「……実地確認の内容自体に問題はなかった」


「そうか」


「ただし」


 きたか。

 こういうただしが一番具合が悪い。


「正式に確認を行った、という事実ができた」


 セドリックは淡々と言う。


「この間も言ったが、報告書の書き方次第でいくらでも評価は変えられる。D級相当の安定性に疑義あり、でもいい。昇格後運用に再検討の余地あり、でもいいな」


 そしてさらに続ける。


「E級への再査定も、活動停止勧告も可能だ」


 静かな声だった。


 静かなのに、やってることは最低だ。


 なるほどな。


「つまり正式に見たって事実さえあれば、あとは好きに書けるって話か」


「そういうことだ」


「随分と便利な仕事だな」


「そういう言い方は――」


「……セドリック、もうやめようよ」


 そんな時、口を開いたのはハンナだった。


 ダンジョンの中だってのに、そこだけ妙に静かになった気がした。


 セドリックが振り向く。


「ハンナ……?」


「ミラは友達だったでしょ。私たちと同期で、一緒に査定の仕事を覚えて、一番真面目にやってた子じゃない」


 セドリックは何も言わず、黙っている。


「この人たちも何も悪いことしてない。実地で見たでしょ。ちゃんとやってる。数字だって嘘じゃない」


 ハンナは少しだけ息を詰める。


「ミラだって、正しいことをしただけだよ」


 そこで一度だけ言葉を切り、それでも続けた。


「これを潰すのは……私たちが第七の支部長、ガルシアと同じことしてるってことだよ」


 セドリックはしばらく黙っていた。


 反論しない。


 いや、できないんだろう。


「ハンナ」


 ようやく口を開く。


 だが、その先が中々出てこない。


「……分かってる」


 その一言は、思っていたよりずっと弱かった。


 たぶん本当に、分かってはいたんだろう。


「俺だってこんなことしたくない。間違ってるって、分かってるんだ」


「だったら――」


 ハンナが言いかけた、その時だった。


「ロイドさん……っ!」


 フィオナが短くそう言った瞬間、通路の奥から荒い足音が耳に届いた。


 しかも二人や三人じゃない。


 全員がそっちを見る。


 現れたのは、武装した荒っぽい連中だった。


 軽装、抜き身の武器、隠す気のない殺気。


 見るだけで分かる。


 まともな調査官の連れじゃない。


 先頭の男が、こっちを見て口を開く。


「ミラ・ルーゼンを渡せ」


 それだけだった。


 だが、それで十分だった。


「な、なに!?」


「は……? 聞いてないぞ……!?」


 ハンナが息を呑み、セドリックの顔色が変わる。


 もしかして……いや、もしかしなくても、これは第七関連だろうな。


 そしてセドリックとハンナ、


 二人には知らされてなかった。


「はぁ……」


 俺は大きく息を吐く。


「……なんか、どんどん面倒くさいことになってきてるんだが」

 


 

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