表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無能扱いの底辺ギルドマスター、助けた仲間がなぜか全員最強になっていく  作者: 甲賀流


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/23

ミラ・ルーゼンの過去


 翌朝、食堂の空気は妙に静かだった。


 昨日の一件を引きずっているのは、たぶん俺だけじゃない。


 フィオナはいつも通り朝食を並べていたが、動きが少しだけ硬い。


 リーゼはノートを開いているくせに、今日はまだ一文字も書いていなかった。


 そしてミラは、席に着いてからしばらく、ずっと黙っていた。


 逃げるなら昨夜のうちに逃げていただろう。


 でもそうしなかった。


 フィオナが部屋の前に立っていたからか、それとも別の理由かは分からない。


 ただ一つ言えるのは、今ここにいる時点で、あいつも何かを決めたんだろうということだ。


 やがて、ミラが小さく息を吸った。


「……フィオナ」


 唐突に名前を呼ばれて、フィオナが顔を上げる。


 ミラは少しだけ迷うように視線を揺らしてから、静かに言った。


「昨日、部屋の前にいてくれたよね」


 フィオナは数秒だけ黙った。


 否定もしない。


 肯定もしない。


 その沈黙が答えみたいなものだった。


「……ありがとう」


 ミラは小さく頭を下げる。


「追い出されても仕方ないと思ってたんだ。迷惑をかけてるのは分かってたし、実際、ここにいるとみんなを巻き込むかもしれない」


 そこで一度だけ言葉を切る。


「でも、ここに来てから……誰も無理に責めなかった。放り出しもしなかった。ご飯があって、寝る場所があって、普通に席があって、ボクがいても日常が続いてた」


 ミラは少しだけ苦く笑った。


「それが、思ってたよりずっと救いだった。ここにいていいんじゃないかと思えた」


 フィオナが黙ったまま聞いている。


 ミラはそのまま続けた。


「……ボクはここにいたい。彼方のエトワールのみんなとこれからも過ごしたい」


 その一言は、思ったより真っ直ぐだった。


 言い訳でもなく、逃げでもなく。


 ちゃんと自分で選んで言った声だった。


「だから、曖昧なままここにいるのは嫌なんだ」

 

 ミラは俺たちを順に見た。

 

「ここに残りたい。だからこそ、ボクのことはちゃんと話しておきたい。……聞いてくれる?」


 フィオナが静かに椅子を引く。


 リーゼはノートを閉じた。


 聞く体勢になったんだな、と分かる。


 俺も小さく息を吐いて、黙ったまま先を待つ。


 ミラはそこで一度だけ息を整えた。


「第七監査部がどういう部署で、ボクがそこで何を見つけて、どう告発したか。そこまでは、昨日話したよね」


 そして、ほんの少しだけ目を伏せる。


「じゃあ、今日はその先の話をする」


 ミラの指先が、膝の上でわずかに強張った。


「ボクの両親は、小さな街のギルドにいたんだ」


 ミラはゆっくり話し始める。


「大きくもないし、有名でもない。地方にいくらでもあるような、普通のギルドだったよ」


 普通のギルド。


 特別な英雄でも、伝説の冒険者でもない。


 ちゃんと生きて、ちゃんと働いてた人たちだったんだと思った。


「でも、受けた依頼が悪かった」


 ミラはそこで一度だけ言葉を切る。


「本来なら、そのギルドが受けるべきじゃない依頼だった。査定よりも危険度が高かった。実力よりも深いところに踏み込まなきゃいけない内容だった」


 リーゼが小さく目を細める。


 だが今は何も言わない。


「でも、その時のボクはまだ幼くて、そこまでのことは知らなかった」


 ミラの声は静かだった。


「ただ、危険な依頼で両親が死んだ。それだけしか分からなかった」


 食堂が静まる。


「だから最初は、王都探索局に入れば何かが分かる、なんて思ってたわけじゃない。……ただ、ボクは正しいことをする人になりたかった」


 ミラは指先をぎゅっと握る。


「誰かが止めるべきものを、ちゃんと止められる側に行きたかった」


 少しだけ苦く笑う。


「それで王都探索局に入った。第七監査部に入った。査定と監査の仕事を覚えて、昔の記録も見られるようになって――そこでやっと知ったんだ」


 そこでミラは顔を上げた。


「ボクの両親がいたギルドの査定記録も、不正で動かされてたって」


 フィオナもリーゼも静かに話を聞き続ける。


「最初は、その街のギルドだけが狙われたのかと思った。でも違った」


 ミラは淡々と続ける。


「本命のギルドに高い査定を通すために、他のいくつかのギルドの数字も少しずつ動かして、全体の辻褄を合わせてた」


 声は平坦だった。

 だが、その平坦さが逆に辛く感じた。


「ボクの両親がいたギルドは、その帳尻合わせに使われただけだった」


 短く息を吸う。


「……皮肉だよね」


 ミラは笑った。


 笑ったが、笑えていない顔だった。


「自分の両親がされたことを、ボクも知らず知らずにしてたんだから」


 俺は何も言わない。


 言えない、の方が近い。


 第七監査部に入ってからのミラは、たぶん真面目に仕事をしていたんだろう。


 査定を見て、記録を作って、監査を通して。


 正しい側に立ってるつもりで。


 でも実際には、同じ仕組みの中にいた。


 しかもその仕組みが、自分の両親を殺したものと同じだった。


 そりゃ壊れる。


「ボクの両親は、誰かが正しく査定していれば死ななかった。だからボクは、正しくあろうとした。査定の不正を止める側にいようとした」


 そこで視線が少しだけ下がる。


「でも本当の王都探索局には、正しいことをする場所なんてどこにも存在しなかった」


 食堂が、しんと静まる。


 フィオナもリーゼも何も言わない。


 俺だけが、少し間を置いて口を開いた。


「重いな」


 ミラがこっちを見る。


「……それだけ?」


「だって重い話を聞いたら、重いって言うしかないだろ」


 ミラが少しだけ目を見開く。


 たぶん期待してた答えじゃないんだろう。


 慰めだとか、励ましだとか、そういう綺麗なやつを待っていたわけじゃないにしても、もう少し何かあると思ったのかもしれない。


 でも、こっちにそんな上等なもんはない。


 慰めの言葉なんか持ち合わせていない。


 正しいとか正しくないとか、そういうのを立派に語れるほど俺は綺麗に生きてない。


 ただ、こいつが泣きそうな顔をしているのに、泣けないでいるのは分かる。


 正義に縛られて、泣くことすら自分に許していない。


 そういうのは、見ていてきつい。


「なぁ、ミラ」


「……はい」


「お前の両親の話は、俺にはどうしてやることもできん。過去は変えられない」


「分かってる」


「だが、今のミラがどうするかは、自分が決めていいと思う」


 ミラが静かにこっちを見る。


「これからは……正しいからやるんじゃなくて、やりたいからやる。それでいいんじゃないか?」


 その瞬間、ミラの目から一滴だけ涙が落ちた。


 すぐに手で拭う。


 なんとなく、泣き慣れていない人間の拭い方だったように思えた。


「……ずるいな」


「何がだよ」


「そういう言い方されると、弱くなりそう」


「別に強くなくていいだろ」


 ミラは目元を押さえたまま、小さく笑う。


「ボクは、強くないと駄目なんだと思ってた」


「でも、ずっとそうしてきて疲れたんなら、別のやり方試してもいいんじゃないか?」


 ミラは今度こそ何も言わなかった。


 ただ、もう一度だけ目元を押さえた。


 少し長かった。


 その横に、フィオナが黙って茶を置く。


 リーゼは珍しく何も分析せず、そのまま少し席を引いた。


 空気が、ほんの少しだけ緩む。


 さっきまでの重さが全部消えたわけじゃない。


 でも少なくとも今は、事情を知らない他人同士の食卓じゃなかった。


「……ありがとう」


 ミラが小さく言う。


 誰に向けたのかは分からなかった。


 たぶん、全員にだ。


 そこから少しだけ話が弾んだ。


 大笑いするようなものじゃない。


 リーゼが、

 

「第七監査部の報告様式、少し興味ありますね」


 と真顔で言い出して、ミラが


「え、そこに食いつくの?」


 と呆れ、フィオナが


「そんなこと教えないでいいですよ」


 と挟むくらいの、そんな小さなやり取りだ。


 でも、それで十分だった。


 ミラも、昨日までみたいにいつでも逃げる準備をしている顔ではなかった。


 なんとなく、明るいいつもの空気に戻ったような気がした。


 だが一方で、俺の目には別のものが見えていた。


【ギルド所属:王都探索局 第七監査部】


【状態:最適化未処理】


 ミラの頭上。

 相変わらず、そこだけ変わらない。


 フィオナもリーゼも、どこかの段階で所属欄が彼方のエトワールに変わった。


 だがミラは違う。


 本人がここに残りたいと言った。


 こっちも受け入れている。


 それなのに表示だけは動かない。


 つまり、これは本人の気持ちの問題だけじゃないのかもしれない。


 こっちが受け入れたから変わるわけでもない。


 今の所属側が手放していない限り変わらない。


 そういうことなのか?


 そこまで考えたところで、玄関の方で音がした。


 協会経由の配達だった。


 受け取って差出人を見た瞬間、嫌な顔になった自覚があった。


 王都探索局 第七監査部。


「……さっそく来たか」


 封を切る。


 中には、いかにも事務的な文面の通知が入っていた。


 彼方の星に対する活動実地調査の正式通知。


 調査実施日。


 対象項目は、所属構成員、依頼実績、昇格後活動内容の照合。


 そして一番下。


 同行調査官名。


 セドリック。

 ハンナ。


 なるほど。


 分かってはいたが、向こうは本気で俺たちを潰す気らしい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ