第7話 王都アポロメルタン裏グルメ集! 3
エスメラルダの部屋の道へ忍び込んで行くと、カイヤさんとバッタリ鉢合わせた。
「あ、カイヤさん?」
「……なんとなく。わたし、母さんとあんまり、話したこと、ないから。」
というか、今まで突き放しがちだったもんね。
「わたし邪魔かな?ゆずろうか?」
カイヤさん、ぶっきらぼうに告げた。
「ラビさん、母さんの部屋にいると思ってた。……母さんとわたしだけじゃ、煮詰まるから。」
「了解!一緒に行こう!」
わたしとカイヤさんがエスメラルダの部屋の前まで来ると、エスメラルダの護衛を発見!
「どえー!マリアンヌさんだ!!」
先回りされてたかーッ!!
「アシュリカ。わたくしは、ペンテシレイア王女と貴方と、カイヤ姫の邪魔に来たのではありません。」
「え。では、何か?」
「ニャビを置き去りとは何事ですか!今、ニャビの保護者は貴方でしょう。普段なら、パーティの誰かが寝かしつけるかもしれませんが、今は貴方の責任ですよ?」
げぇ〜ッ!!
そうだった!!
いつもは、寝かしつけはラゴゥがやってたから……。
「やらかしたな、ラビさん……」
「ごめんなさい!わたしが悪かった!」
マリアンヌさんのドレスの後ろから、いじけたニャビが出てきた。ふくれちゃってる。
「ニャビ〜!ごめん、ニャビ!!」
「ペンテシレイア王女の部屋には!きちんと、ニャビも!連れて行くのですよ!」
「はい!ニャビがお世話になりました!!」
マリアンヌさん、ため息をつく。
「ニャビの世話はわたくしには苦ではありませんが……ニャビにも意思があるので、尊重なさい。アシュリカは、少々うっかりし過ぎです。悪意が無いのはわかりますが、もう少ししっかりなさい。では、わたくしは邪魔はしません。これで失礼しますわ。」
マリアンヌさん、本当に厳しいのは仕事中だけで、夜は見逃してくれた。
「エスメラルダー!来たよー!」
エスメラルダは天蓋のカーテンを開けて待っていた。眼鏡をかけて本を読んでたみたいだけど、わたしの声で顔を上げて喜んだ。
「来たかい。カイヤも呼んでくれたのか、ありがとうラビや。ニャビ、ベッドにおいで。夜更かしはお前さんにゃ辛いだろうさ。」
「わぁーい!えめらるだのえっど、おっきいれ!!」
わたしとカイヤさんはソファに座った。
「本読んでたの?珍しいね。」
「昔ね。夫が読んでくれた本だったんだ。見つけたはいいが、老眼でちっとも読めやしないよ。」
カイヤさんが尋ねた。
「父さん……バーナードのことか?」
「バーナードさん、お城の頃から付き合ってたの?」
エスメラルダが遠い眼差しになる。
幼い頃を振り返ってるのかな。
老齢の彼女からしたら、とても、とても昔の出来事だ。
「あたしの父さんは、バルバロイ3世。母さんは、カスティーリャ王女アンドロメダ。二人は政略結婚だったけど、母さんの側から、若い執事がついてきたんだ。母さんの生む子供の、世話をする為にね。それがアンドリュー・バーナード。あたしが物心ついた時から、大好きだった人さ。」
わたしも衝撃が走ったけど、カイヤさんはもっと衝撃だろう。
エスメラルダを育てる為の執事さんに、エスメラルダが恋をした。アンドロメダお母さんだってびっくりな話しよね。
「それって、エスメラルダが生まれる前から、エスメラルダの為の執事さんだったってことよね?えーと……えぇ?それが今に繋がってるの?たとえ、エスメラルダ側が好きになってもさ、バーナードさんからしたら、赤ちゃんから育ててきた子でしょ。自分ちの子が何か言ってる、ぐらいのものじゃないの?」
「道理で父さん、老いぼれだった訳だ……よくジェダイトまで生まれたな……」
「カイヤさん、そっちじゃなくてさ!」
エスメラルダは懐かしんでいるみたい。
「そりゃあね。バーナードは毎日優しくて、毎日世話になったけど、恋愛面では何度もふられたよ。わたくしにとって貴方様は赤子の頃より敬愛する我が主ですって、バーナードも頑なだからね。だけど、あたしも生まれついた不運かねぇ。周りには、バーナード以上に優しい人なんていなかったし、バーナード以上に賢い人もいなかった。あたしの寓話の王子様は、みんなバーナードで。バーナードと踊れるワルツの練習部屋は大好きだったんだ。ま、バーナードが表に出れない舞踏会は、大っ嫌いだったがね。」
長年の、報われない片思いか……。
バーナードさん以上の人物は、エスメラルダの周りにいなかった。
逆に、バーナードさんてどんだけ魅力的な人なのか、気になるわー。
「……エスメラルダは、バーナードさんのこと、どう見てたの?教育係?お父さん?」
「さすがに、お父さんとは思ってないよ。それじゃ近親相姦じゃないかね。あくまで、王家に使える人として見てたんだ。騎士に恋する姫と、あんまり変わらないさ。」
なるほどねー。
確かに、わたしがいいとこのお嬢様で、ハンサムで優しいラゴゥみたいな使用人が最初っからいたら、好きになっちゃうものかなぁ……。
「でも、ふられまくったのよね?」
「あたしは諦めが悪いからね。めげるたまでも無かったし。そうして、あたしは成長して。これでも美人だったんだよ。父さんは、あたしを後継者に育てたから、文武両道の姫として、他国中から求愛されたもんだ。純粋にこの国が欲しい王子も、いただろうけどさ。」
「バーナードさんは、振り向いたの?」
「全然。でもね。フランク=バジリコの度重なる落ち度に怒ったカスティーリャが敵対して、父さんの勝手な政治に巻き込まれ、あたしはカスティーリャを抑える為に政略結婚させられることが決まってね。あたしは、そん時は、生まれて初めて、泣いたんだ。」
わたしは、政略結婚はそりゃあ酷いと思うけど、エスメラルダが、そこまでずーっと泣かなかった事実も、すごいびっくりした。
「エスメラルダ、ものすごい意地っ張りだったのね。それで、初めて泣いて?」
「バーナードに頼んだよ。あたしを連れて逃げて欲しいとね。バーナードは、あたしの涙を無碍にはしなかった。あたしが何より泣かない人間なのを、一番良く知っていたからね。バーナードは、初めて本気で一週間考えた。あたしを、主君として見るか、女性として見るか、かなりの間、悩んでいたみたいだよ。」
一週間……。
自分の育てた赤ちゃんから、大人の女性として、見方を変えるのには、そりゃあ時間が必要よね。
「一週間後の、バーナードさんは?」
「うん。バーナードは決意を固めて、あたしの手を取り、あたしの意思を選んでくれた。逃亡経路と偽名、馬車を確保した。その時から、あたしはペンテシレイアでは無く、エスメラルダだ。バーナードの同僚の助けもあって、あたし達は、貴族夫妻が集まる舞踏会の終わり、帰り道に着く貴族夫妻のフリをして、馬車で逃げたんだ。最高に幸せだったよ。ま、逃げ切っても、挙式は出来なかった。目立つことは避けながら入籍してね。バーナードの高学歴だって、身バレ防止の為には隠さなきゃならなかったし。でも、賢いバーナードは、仕事に困ることは無かったしね。あたしは結果的に、家族が出来て、本当に幸せになれたんだ。」
わたし、ドキドキしてきた。
最愛の人との駆け落ち物語だもの。
「なんだか、すごいドラマチックね!その後二人はずっと支え合ったのよね。死が二人を別つまで。」
「カスティーリャ王女の母さんの手腕があったから、戦争を避けられただけでさ。あたしは、国を見捨てたんだから、胸張って言える幸せじゃあないさね。」
カイヤさんは、ロマンスより気になることがあったみたいだ。
「母さん。その頃、マロン=マロヌス王は……弟は、幼かったんだよね。……なんで、置いて行ったんだ?」
エスメラルダは俯いた。
「あたしが幸せになれた一方で、残酷なまでに栗坊は幼かったよ。小さい頃のジェダイトに似た子でさ、ゲームブックに、勇者のはなし。太っちょで、泣き虫だった。」
「マロンおじさんは、特別に親に愛されていたのか?母さんを、必要とはしていなかったのか?」
カイヤさん。
ずっと、気になってたとこなんだろうな。
カイヤさんは、人生を捨てて弟を育てた人だ。
エスメラルダは、苦い事しか言えない。
「あたしは、カイヤと違って、自分を選んだのさ。弟を見捨てた姉さんだ。父さんは政治と外交が優先で、愛されたのは唯一、後継者のあたしだけだし。母さんは、栗坊を不憫がってはいたけど。弟は、あたしに遊んで欲しがっていたよ。まだ、家族愛を知らなかった頃とはいえ、あたしは恋愛を取って、幼い栗坊の手を突き放したんだ。」
カイヤさんは、ため息をついた。
エスメラルダが続けた。
「栗坊が死んだって聞いた時も、あたしはたいして動揺はしなかった。だけど、ジェダイトの家で、お前達の絆を見て、あたしは改めて弟のことを考えていた。姉として何もしてやらないまま、栗坊は生涯を終えていた。」
わたしは、カイヤさんとエスメラルダの仲裁に入った。
「でも、エスメラルダが家族愛に気づけたのは、バーナードさんとの子供のカイヤさん達がいたからでしょ?マロン=マロヌス王は、不幸にしちゃった。だけど、人は変われるのよ。」
エスメラルダは、不器用ながらに、告げた。
「栗坊を不幸にしたまま、あの子は死んでしまった。そして、あたしはバーナードの介護で、カイヤとジェダイトを投げ出して、カイヤの人生は失われてしまった。せめて、カイヤ、あんただけは。あたしはあんたを支える母になりたい。」
「母親なんかいらないよ。」
「カイヤ」
「わたしはもう育ってるんだ。女王はわたしが継いで、わたしの人生を模索する。母さんは、冒険者だろう?わたしの為だと言うなら、母さんは魔王ぐらい、倒して来なよ。」
喧嘩になるかと思ったら、カイヤさんの方が思いやりが一枚上手だった。
エスメラルダを、送り出してくれるのね。
カイヤさんは本当に大人だ。
甘えが無い。
「ありがとう、カイヤ……でも、アンタはたまには、あたしを頼って甘えても、いいんだよ。」
「甘え、か。……わからない。ジェダイトなら、それは得意だろうが……わたしには、わからないことだ。母さんと親しくなろうとして、この部屋に来ていても……」
エスメラルダがベッドから降りてきて、悲しげにカイヤさんを抱き締めた。
「ごめんな、カイヤ。あたしがアンタに愛を注がなかった期間が、長過ぎたせいだ。甘えも知らないまま、アンタを大人にしちまったのは、あたしがバーナードから離れずに、アンタとジェダイトを置き去りにしたからだ。」
カイヤさんは、泣いてるエスメラルダに代わって、エスメラルダの背中をさすっていた。
「正直な。クンツァイト兄さんは、苦手だ。あの人は、置き去りになったわたし達をわかってて自立して、手を貸しもしなかったんだからさ。でも、母さんが父さんについてなかったら、父さん孤独死してたろ。だから、自分を責めるなよ。わたし達は、なるようになって、ジェダイトは無事大人になったんだ。わたしだって大人だ。自分の道は自分で探す。母さんは役目を終えた、わたしと同じだ。自分の道を、進むべきだよ。」
「カイヤ……カイヤアア!!」
カイヤさん……
わたしでも、ここまでの境地に至る日が来るだろうか。
カイヤさんは、役目を終えたお母さんだ。
だから、同じお母さんとして、エスメラルダを励ましている。
育児を終えた、その先を。
自分達の新しい道を、促している。
わたし、てっきり自分達でカイヤさんを励まそうと思ってたのに。
わたしはさすがにお邪魔虫だし、寝ているニャビを抱えて、去り際に声をかけた。
「わたし、隣の部屋のソファーで寝てるからね。トイレの時は起こしていいから。」
「うん。ありがと、ぐすっ」
なぁんだ。
カイヤさんとエスメラルダ、既に支え合っていたのね。
カイヤさんが一緒に寝てくれたらいいね、エスメラルダ。
わたしは明け方四時から、エスメラルダのトイレのお付き合いだ。
「エスメラルダ、段差キツい?」
「あぁ、宮廷キッついねぇ……老後の足腰まるで考えてないよ、設計者は。」
「お腹は大丈夫なの?」
「ダメだね。もう、アルコール無理な年齢なのかねぇ……」
「でも、エスメラルダお酒好きだし……なんかライトなお酒があればいいんだけどねぇ。」
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