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第6話・魔人

石畳を踏み砕く足音が小道の角を曲がり、建物の陰からサイクロプスの巨体が姿を現した。

額の一つ目がゼヴァルたちを捉え、低い咆哮が響き渡る。


ゼヴァルが剣槍を地面に突き立て、バルディンが片手斧を肩で構える。


「ここで仕留めるぞ」


バルディンのかけ声と共に、二人はサイクロプスへ駆け出す。

唸り声とともに巨大な拳が振り下ろされるが、左右に大きく跳んでそれをかわす。


拳が石畳を砕き、その下の土を抉って深い溝を穿った。

砕けた石の破片が散り、土埃が二人の間に舞い上がる。


「のろいな」


「だが、当たればひとたまりもない」


「ああ。さっきのように、まずは動きをとめよう」


腕を組んで後ろで見ていたエスラドールが、小さなため息をついて右手を軽く地に向けた。


「見てられないな」


右腕の緑の刻印から光が走ると、石畳の継ぎ目を割って太い根が何本も地面を這い、サイクロプスの脚に向けて伸び出した。

サイクロプスが踏み出した脚が根に絡め取られ、振り払おうと持ち上げた足首にさらに別の根が巻きつく。


「私が隙を作ってやろう」


流れるような動作でエスラドールは長弓を構え、矢筒から矢を一本抜き取った。

右手首の弓懸けが矢筈を押さえ、弦が引き絞られ、放たれる。


矢は風を裂いて飛び、サイクロプスの膝の筋を深く抉った。

巨体が膝を折りかけ、根に絡まれた脚がよろめいた。


「後はお前たちでもできるな」


「ちっ、おいゼヴァル」


バルディンの声と同時に、ゼヴァルは既に走り出していた。


左腕の刻印から水色の光を放ちながらゼヴァルは根が絡みついた地面を踏み、足場を伝ってサイクロプスの脚へ駆け上がった。

それと同時に剣槍の穂先に氷が纏われていき、刃が蒼白く発光する。


膝の裏側に一直線に走り込み、すれ違いざまに剣槍を突き立てて、氷を纏った刃で膝裏の腱を切り裂いた。

サイクロプスの脚から力が抜け、巨体がぐらりと傾く。


「下がれ、ゼヴァル」


斧を振り被ったバルディンが勢いのままに両手で斧を振るい、サイクロプスの片足を切断した。


巨体が支えを失って片膝をつき、地響きが石畳を震わせる。

サイクロプスの頭が四人の視線の高さまで下がった。

額の一つ目が鈍く光り、怒りに震えている。


「悪くない働きだ」


エスラドールは既に二本目の矢を番えていた。

一呼吸分だけ目を閉じ、再び見開き、矢が放たれる。


風を切る音が一瞬だけ響き、矢がサイクロプスの瞳孔の中心を射抜く。

矢羽までが眼窩(がんか)に飲み込まれ、矢尻が後頭部の皮膚を内側から押し上げる。


耳を裂くような雄叫びと共に、サイクロプスの巨体が二度、三度と痙攣し、やがてゆっくりと前のめりに倒れた。

土煙と共に、サイクロプスが塵となり消えていく。


「ふん、口だけではないにしても、気に入らん」


ゼヴァルが差し出した手をバルディンが不機嫌そうに掴み、立ち上がる。

エスラドールの周囲の兵からは歓声が上がっていた。


「お二人とも、お怪我は」


リエルがゼヴァルたちに駆け寄ってくる。


「問題ない」


ゼヴァルは服から土埃を払った。


「悲鳴はまだ止んでいない。里の中央の方へと向かおう」


「はい…ありがとうございます」


「——いやはや」


三人は一斉に声がした方へ振り向いた。

サイクロプスを倒した石畳の上、先程まで何もなかったはずの場所に黒い長衣を纏った人影が立っていた。


「実に愉快なものを見せてもらいました」


そう言って拍手をしてみせた男性の肌は青白く、暗く赤い血のような瞳の色をしていた。

整った顔立ちは男とも女ともつかず、薄墨色の髪の下の表情は穏やかな微笑を(たた)えていた。


「そして、やっと見つけましたよ。箱庭のお姫様」


「…何者だ。少なくとも、人間じゃないな」


ゼヴァルは男性の額から後方へ湾曲して伸びる、細く黒い一対の角を見据える。

角は光を反射せず、鈍く闇に沈んでいた。


「私はアポスタティア。あなたがた人類の呼び方に従うなら、魔人と呼ばれております」


「魔人…!」


バルディンが目を見開く。


「神話の時代の存在だ」


不意にアポスタティアが首を横に傾けた。

矢がアポスタティアの頬を掠めて、背後の空間へと飛び抜けていく。


「お前たち、ファイリリエネスを連れて下がれ」


「おやおや、不躾ですね」


アポスタティアの視線が、一瞬リエルから逸れる。

次の瞬間、アポスタティアの手がエスラドールの方へ無造作にかざされた。


「…!」


エスラドールは横へ大きく跳んだ。

瞬間、アポスタティアがかざした手の先にいたエルフ兵の周りの空間が、音もなく歪んだ。


断面の組織が光源のない方向へ静かに溶け、頭を失った二つの胴体が遅れて膝から崩れ落ちる。


リエルは口元に手を当てて息を呑んだ。


「酷い…」


「バルディン、今のは」


「わからん。ただ、奴が手を向けた先の空間が歪んだ…いや、兵たちの頭が突然消えたように見えた」


ゼヴァルとバルディンは武器を構えたまま、リエルを背に庇って一歩後退した。

エスラドールは倒れた兵たちの体を見つめ、アポスタティアを睨む。


「目的は何だ」


「ふふふ。大いなる意思、とでも言っておきましょうか」


アポスタティアが指先で唇をなぞり、赤い瞳をゆっくりとリエルの輪郭に這わせる。


「そこのお嬢さんにお話がありまして。お茶会を開きますので、一緒に参りませんか」


薄ら笑いを浮かべるアポスタティアに、リエルの肩が強張った。

ゼヴァルの剣槍の切っ先がアポスタティアに向けて持ち上がる。


「お断りだ」


ゼヴァルは地を蹴り、氷を纏わせた剣槍で一息にアポスタティアの胴を薙ぎ払った。

刃は手応えもなく、黒い長衣の輪郭をすり抜けて虚空を切る。


「貴方に聞いているわけではないのですが」


振り返ったゼヴァルの視線の先、アポスタティアは数歩離れた石畳の上に佇んで肩をすくめていた。


小道の向こうから足音が響く。

サイクロプスから逃れた里のエルフたちと、二人のエルフ兵が、混乱したまま四人の元へと駆け込んできた。


「来るな!」


エスラドールが叫んだ。

先頭の兵が石畳の上で足を止め、後ろのエルフたちが怯えた顔で顔を見合わせる。


剣呑な空気と見慣れぬ黒い人影を認めた兵の一人が、とっさに弓に手をかけた。


「よせ!」


アポスタティアは振り返りもせず、気だるげに片手を背後へと掲げた。

弓を掲げていた兵の両腕が消え、宙に浮いた弓がからりと石畳の上に落ちる。


続けて、隣にいたエルフたちの姿が、胸から下だけを残して石畳の上に崩れ落ちていった。


「あ、あっああああああ——」


絶叫する兵の目の前に、アポスタティアが音もなく立っていた。


「お静かに」


青白い指先が、兵の額にそっと添えられる。

次の瞬間、兵の体は跡形もなく消えていた。


「貴様…!」


エスラドールの刻印から緑の光が放たれ、石畳の下の根が一斉に這い上がった。

数十本の太い根がアポスタティアの四方を囲み、蛇のように絡み取ろうと伸びていく。


バルディンがそれに合わせて右手を地に突くと、アポスタティアの足元の地面が隆起と陥没を繰り返した。

根に絡め取られたアポスタティアの足場を崩し、根の拘束から逃れられぬよう地面ごと沈めていく。


「死をもって償え」


エスラドールが二本の矢を同時に番え、弦を引き絞った。

翠緑の瞳がアポスタティアの喉元を捉え、矢が放たれる。


一切を消滅させる力(デレディオス)


アポスタティアの胴に巻きついていた根が、アポスタティアを飲み込もうとしていた根の束が、次々に溶けるように無くなっていった。


エスラドールの放った二本の矢は、空白の中へ吸い込まれ、そのまま消えた。

アポスタティアは何事もなかったかのようにその場に佇んでいる。


「さあ、一緒に来て頂きますよ。光の女神の祝福を持つエルフのお嬢さん」


アポスタティアが穏やかに微笑み、リエルに向けて一歩石畳を踏んだ。

ゼヴァルとバルディンはリエルの前へ踏み出し、武器を強く握り直す。


剣槍の柄を握るゼヴァルの左腕の刻印が、袖の下で僅かに光を放っていた。


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