表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
甦生のアストログマ  作者: ボリカツ
迷いの森編
PR
5/42

第5話 襲撃①

 地面が震えた。


「きゃっ」


 リエルはよろめいて壁に手を突いた。

――直後、鳴り響く悲鳴。

 地響きが次々に重なる。


「これは、一体……」


 顔を上げる――炎だ。

 里の入口の方から。

 木々が燃え、黒煙が上がっている。


「うわあああああああ!」


 家の間から人の波が押し寄せてくる。

 肩がぶつかり、誰かが転んだ。

 こっちにも、あっちにも。


 リエルは人の波を掻き分け、木の陰へ逃れた。

 見上げた炎の向こうに、巨大な影が立っていた。


「あれは……」


 家並みがいくつも重なったその上。

 山のような灰色の肌。

 鼻も口も潰れた顔。

 額の中央に据えられた、一つの、目。


「魔物……」


 岩のような拳が振り下ろされる。

――地を鳴らす衝撃。

 土煙の中に、木片と石片が散る。

 また、悲鳴が上がる。

 リエルの顔から、血の気が引いた。


「どうして、結界の中に……」


「――下がれ下がれ!」


 風を切るような声と足音。

 人の流れに逆らい、誰かが坂から駆け上がってくる。

――無造作に後ろへかき上げた、金色の髪。


「ヴォルンドル様……!」


 リエルが駆け寄る。

 ヴォルンドルが足を止めた。


「何だ、お前か。非常事態だ、何故ここにいるのか今はどうでもいい。さっさと失せろ」


「あの、一体何が……」


 ヴォルンドルは舌打ちした。


「破れた結界から、大型の魔物が侵入した。俺が昨日捕らえたクズ共のせいだ」


「結界が、破れた……?」


「そうだ。まさか魔物を呼び込むとは」


 ヴォルンドルが、忌々しげに剣を石畳に打ちつける。


「汚れた人間の血め。やはり、あの場で殺しておくべきだった。事が済んだら、俺の手で始末してやる」


 リエルは胸が詰まった。

 人間を見たことは無い。

 けれど、長老や里の古いエルフはいつも口を揃えてこう言う。


『人間は醜く、エルフとは違う』


 何が醜く違うのかは、教えてはもらえない。

 何が、汚れているのだろうか……。


「じゃあな。せいぜい生き延びろ」


 ヴォルンドルは、それきり走り去っていった。

 少し遅れて、弓を持った三人のエルフが同じ方向へ駆けていった。


(あっ)


 リエルは見た。

 彼らの前を、ぬっ、と太い脚が横切ったのを。


 何かを叫び、エルフが立ち止まった。

 背中の弓を掴む。

――大岩のような手に、振り払われた。


 抉れた石畳の上に、瓦礫が舞う。

 音が、どんどん遠のいていく。

 視界が、ぼやける。

 何も、考えられなくなる。


(これは、夢……?)


 リエルの頬を瓦礫が掠めた。

 鋭い痛みで我に返る。

 視界の端で、子供が泣いている。


(行かなければ)


 そう思った時にはもう、リエルは子供の傍へ膝を突いていた。

 子供の肘は皮膚が裂け、血が滴っている。


「だれ……?」


「もう大丈夫」


 子供の頭を撫でてあげる。


「じっとしててね」


「え……?」


 リエルは、右手を子供の傷口にかざした。

 心臓がうるさい。だめだとわかっている。

 でも、目の前で泣いているこの子の力になりたい。

――刻印が、淡い金色の光を帯びる。


『その力は危険だ』


 耳の奥から声がした。

 光は絶え、リエルの右手から力が抜けた。


「……お母さんと、お父さんの場所はわかる?」


「しらない……」


 地面がずん、と揺れる。


「とにかく、逃げましょう。さあ」


「でも……」


「大丈夫」


 リエルは子供の背中をさすった。

 子供の体から、震えが引いた。

 その手を引いて、走り出した。


(この力は、何のためにあるのだろうか)


 傷を癒す力はある、それなのに。

 ……それを使う、力が無い。


 リエルは、夢中で走った。

 走って、走って、一人の兵士に出くわした。


「お願いです、この子を――」


 兵士は目もくれずに走り去っていく。


「待って――!」


 背中が遠のいていく。

 リエルは立ち止まり、呆然とそれを見つめた。

 まともに取り合ってもらえないのは、自分が声をかけたからか。

 こんな時、エスラドールがいれば……。


「お姉ちゃん……」


「大丈夫。大丈夫です」


 泣きべそをかく子供の頭を撫でてあげる。

 わたしが、しっかりしなければ。

 リエルは、また走り出した。


 家並みを抜ける途中で、子供が躓いた。

 繋いでいた手が離れる。

 振り返って見上げた先に、魔物が聳え立っていた。

 赤く血走った一つ目と、目が、合う。


「お姉ちゃん……」


 子供の震えた声。

 まだ起き上がれていない。

 助けないと――リエルが手を伸ばした矢先、ずしん、と地面が揺れた。

 右を向くと、そこにも魔物が立っていた。


「大丈夫。いざとなれば結界を――」


 リエルの体が浮いた。

 道の先まで飛んだ。

 尻もちを突いて、振り向く。

 子供の右腕が、白緑色の微かな光を放っていた。


「ありがとう」


 その声がした場所に、拳が落ちた。

 地面がひしゃげた。

 魔物と目が合う。

 何も、考えられない。


 リエルは、ただ背を向けて走っていた。


 誰か、助けて。


 薄っすらと、あの二人の姿が脳裏に浮かんだ。



 *



 ゼヴァルは、石の床に落ちる四角い窓の光を、ただ見つめていた。


「何やら外が騒がしいな」


 バルディンが欠伸をしながら、体をぐぐっと上に伸ばす。

 退屈そうだ。ここにはぶどう酒はおろか、水すら無い。


「この地震といい、一体何事だ?」


「俺に聞かれてもわからない」


「それもそうか」


 ゼヴァルはため息混じりに立ち上がった。

 遠回しに、確認しろと言われている。

 窓の縁に手をかけ、身を引き上げる。


(あれは……)


 遠く向こうで、炎と黒い煙が立ち昇っていた。

 そしてその中に聳え立つ、巨大な影。


「サイクロプスがこの里を襲っている」


「何だと? どうして山や谷に住むサイクロプスが、こんな森に現れる」


 知る由も無い。

 ゼヴァルは別の方角へ目を向けた。


「複数いる」


「サイクロプスが群れで行動することはあり得ん」


「あり得るようだ」


「むうん」


 バルディンは何度も髭を撫でた。


「こんなところでふんぞり返っとる場合ではないな。この程度の小屋、奴らなら一発で粉微塵だ」


「だが、どうする」


 ゼヴァルは身を下ろした。

 この石を素手で壊せそうも無い。

 窓は通れる大きさじゃない。

 あとは……。


「無理やり扉を破壊するか」


「やむを得ん。騒ぎに乗じて逃げるもよかろう」


 不意に、かんぬきが外れる音がした。


 二人は身構えた。

 開かれる扉の奥を睨む。

――あの金髪のエルフの少女が、肩で息をしながら立っていた。


「お前は、ファイリリエネス、だったか」


 乱れた髪の隙間に頬の切り傷。

 衣の裾に滲んだ、乾きかけの血の跡。

 ただ事ではないと、二人は察した。


「何の用だ」


 リエルはただ、肩で息をするだけだった。

 瞳の焦点が合っていない。


「おい、聞いとるのか」


 バルディンが声を荒げる。

 途切れ途切れだったリエルの息の音が、次第に長くなる。


「目の前で、子供が、魔物に……」


 か細い声。

 ゼヴァルの体に力が入る。

 確かに聞こえた。

 魔物。


「この里を、どうか……どうか助けて――」


「武器の場所はわかるか」


 話はそれからだ。


「この手枷も外したい」


 戦いの邪魔だ。


「俺たちが何とかする」


 魔物は、全て倒す。


 リエルの翡翠色の瞳と、ゼヴァルの青い瞳が、互いの姿を映し合った。


「武器の場所はわかるか」


「……」


 リエルは前へ歩いた。

 ゼヴァルの手首の枷に右手を添える――淡い金色の光が走る。

 枷が音も無く裂け、落ちた。


「おそらく、この先の保管庫に」


 バルディンの枷も、同じように落ちた。

 ゼヴァルは手を開いては握る。

 バルディンに目配せし、扉へと向かう。


「よし、行くぞ」


「うむ」


「どうして……」


 消え入りそうなリエルの声。


「わたしたちエルフは、お二人を捕らえていたのに……」


 二人の足が止まる。


「この里を助ける理由が、お二人には無いはずです。なのに、どうして――」


「理由がいるのか」


 魔物を倒すことに理由がいるなら、お前が教えてくれ。


「悪いが俺にも理由はわからない。だが魔物は倒す、それでいいだろう」


 もう、考えたくもない。

 ゼヴァルは、振り返らなかった。

 バルディンが扉を開けた。


「先に行っておるぞ」


 軋んだ音とともに、二人は小屋から出て行った。

 リエルは立ち尽くしていた。


(どうして……)


『理由がいるのか』


 ……いや、理由なんていい。

 わたしの言葉に、耳を傾けてくれた、それだけで……。


 リエルは、潤んだ目元を拭った。

 二人の後を追って、駆け出す。

 通路を抜け、小屋の扉を開ける。


「待ってください!」


「遅い」


「道案内は任せたぞ、嬢ちゃん」


 緩やかな金色の髪が、ゼヴァルの肩の横に並んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ