第40話 長い夜が明ける前①
傭兵たちの手伝いに追われるアイウートと、事務手続きに従事するカリーナ。
二人を除く六人で、夕日を受けながら崩れた石壁の傍に座り、輪になった。
「隊長が話されると取り留めが無くなるので、僭越ながら私に舵を取らせてください」
センノがそう切り出し、それぞれの情報を整理することとなった。
まず、カイとバルディン。
町を襲った火災は、紅火鉱という鉱石が原因だったこと。燃料に、人が無理やり使われていたこと。
「儂らが着いた時にはもう、手遅れじゃった」
バルディンが神妙な面持ちで語る。周りの者は皆黙った。
「おそらくこの火災は、何者かが仕組んだものだ」
「紅火鉱という名の鉱石自体、トレミアでは見ない物ですね」
考え込んだセンノの尻尾が微かに振れた。それから、自身の情報を語った。
エドアルドの命を受け、火元を絶った二人の元へ駆けつけたこと。鉱石と焼死体は、テレーノ商会が回収したこと。
「情報伝達は私の遠吠えと、律のアストログマを使いました。音を拾い、遠くにいる仲間とも意思疎通が可能です」
「律のアストログマ……」
ゼヴァルの脳裏にネロがよぎり、思わず手に力が入る。その隣でカイが無邪気に笑う。
「オレ、獣人に会うの初めてでびっくりしたよ!」
「わたしもです」
少し場が和んだ。次に、エドアルドの情報。
謎の男と交戦したこと。男は一人ではなかったこと。男が残した剣に、商会の紋章が刻まれていなかったこと。
「敵はおそらく、商会の者ではないでしょう。隊長が気取った敵の仲間についても、おそらくは同様。しかし、商会の者でないならば、敵は一体何者なのか……」
センノが腕を組んで再び考え込む。顔がふさりとした毛並みに沈む。最後は、ゼヴァルの情報。
ネロというテレーノ商会の傭兵を名乗る者と交戦し、敗れたこと。港町ペラゴ、ネロの目的、この国の行く末、という断片的な言葉。
「ペラゴ……」
エドアルドとセンノが同時に呟き、眉をひそめた。エドアルドの雰囲気が変わった。
「やはり、西海岸が関係しているのか」
長い息を吐き、夕日に染まった空を見上げる。バルディンがその様子を訝しげに見やる。
「西海岸。テレーノ商会が海運をやり出したと、アイウートが言っておったな。やはり、とはどういうことだ」
「すまないが、その質問には答えられない」
不服そうなバルディンを見兼ねて、センノが一言添えた。
「ヴェルデ商会の傭兵として、部外者である貴殿らに話せないこともある点については、どうか御容赦頂きたい」
バルディンは文句を垂れながらも引き下がった。ところで、とエドアルドが切り出す。
「君たちは聞くところによると、旅人だそうだね」
青い瞳が力強く、ゼヴァルとリエルを見つめる。
「だが、ただの旅人にしては君たちのアストログマは随分特別なようだ。祝福も然ることながら、左腕にアストログマを持つ人間を僕は見たことが無い」
エドアルドの視線はゼヴァルに注がれた。
「ネロという者が君にペラゴ、と言い残したことも引っ掛かる。その左腕の刻印、そして君たちは何者なんだい?」
「答える義理は無い」
ゼヴァルが冷たく睨み返すと、エドアルドは大きな声で笑ってみせた。
「はーはっはっはっ! お互い秘密あり、か!」
ひとしきり笑った後、エドアルドはこほんと咳払いをした。
「ならば一つだけお願いだ。この町を襲った悲劇に、旅人である君たちが巻き込まれたのは悲運だった。この国に立ち寄った目的はわからないが、これ以上関わらない方が君たちの身のためだ」
そう言って、ゼヴァルたちを見渡す。
「君たちはこの国から去った方がいい」
「できない相談じゃな」
バルディンが不機嫌そうに口を挟んだ。見兼ねたセンノが頭を下げる。
「隊長は皆さんのことを想って忠告をされているのです。どうか御理解ください」
「ここから東へ何日か行けば、国境沿いに辿り着くはずだ。トレミアには、また来年にでも遊びにきたまえ」
エドアルドはニッと笑うと、颯爽と立ち上がった。続くようにセンノも立ち上がり、二人は立ち去ろうとする。
「……待て」
ゼヴァルの低い声がそれを呼び止めた。
「俺たちはコルタを目指してこの国に来た。去ることはできない」
エドアルドはふむと太い眉を上げ、顔を伏せているゼヴァルを見下ろす。
「コルタか。ここからまだかなり北へ行く必要があるな。悪いことは言わない、諦めたまえ」
ゼヴァルは黙ってしまった。しかし、立ち去ろうと思っていた二人の足も止まっていた。
伏せた顔から表情は読めなかったが、この若者に引く気配が無いことを二人は察していた。
「……断る」
絞り出した言葉。ゼヴァルの手は、強く握り締められていた。その拳を、エドアルドは推し量るようにじっと見つめる。
「カリーナが駆けつけた時、君は倒れていたそうじゃないか」
ゼヴァルは答えなかった。エドアルドは細く息を吐いて続ける。
「また今回のようなことに巻き込まれた時、次は無事では済まないかもしれない。それでも何故、君は断ると言うんだい」
何故、と言われてゼヴァルは言葉に詰まった。
頭の中には、立ち去るネロの後ろ姿だけが浮かんでいた。
——そもそも、何のために戦い、負けたのか。
わからない、と言いかけてその言葉を呑み込む。
あの時、何故アイウートを先に行かせたのか。何故、断ると言ったのか。何故、負けたのか。
「コルタはアストログマの研究が盛んな都市ですが」
痺れを切らしたセンノが口を開いた。
「そこに用があるということは、貴殿らのアストログマと何か関係があるのですか」
センノの深い茶色の瞳が、湿り気を帯びた黒い鼻が、ゼヴァルを窺う。
反射的に、ゼヴァルは顔を上げた。心配そうにこちらを見つめている、リエルと目が合った。
「それとも、君個人の理由かな?」
エドアルドの問いに、リエルの瞳が揺れる。ゼヴァルは目を伏せた。
「……おそらく、両方だ」
ゼヴァルが出した答えに、エドアルドは声高らかに笑った。
「はーはっはっはっ! これは参ったな!」
「隊長?」
センノが首を傾げると、エドアルドはセンノの肩をぽんと叩いた。
「彼らには、とても特別な事情があるようだ。これ以上の詮索は止そうじゃないか」
「隊長がそう仰るのであれば」
センノが一歩引いて頭を下げる。エドアルドがゼヴァルたちを見回す。
「僕らは様子を見てこの町を去る予定だ。もし何か困ったことがあれば、いつでも頼ってくれたまえ!」
高らかな笑い声とともに、二人は去っていった。
気がつけばすっかり日は暮れて、救護テントにランプの明かりが灯り始めていた。
残された四人は、それぞれ何を言うでもなく黙っていた。
しかし、間の抜けたぐぅという音で、張っていた空気は一気に抜けた。
「いやー、ろくに昼飯食ってなくてさ」
カイが頭を掻きながら照れ笑いする。
つられるようにリエルが吹き出し、バルディンはやれやれと肩をすくめた。
「小僧、この後の用事はあるのか」
「え、別に無いけど」
「なら付き合え」
バルディンが肘でカイを小突いた。
「功労賞だ。飯くらい奢ってやろう」
カイの表情がパアッと輝く。
「ホント!? やった! 今すぐ行こう!」
「現金な奴だ」
「でも、こんな状況で飯屋なんか空いてんの?」
「知らん」
「ええ!?」
口を尖らせつつ、早く早くと焦るカイ。それに急かされて、バルディンがのそりと立ち上がって歩き出す。
リエルも立ち上がり、座ったままのゼヴァルに視線を送った。
「わたしたちも行きましょうか」
「……奴に、手も足も出なかった」
ゼヴァルは地面を見つめたまま、誰に向けるでもない言葉を目の前に捨てた。
「ガラルセンに命じられてここまで来たが、本当にこの先に、魔人の封印方法があるのだろうか」
その問いもまた、答える者がいないまま捨てられていく。
「仮にあったとして、アポスタティアに勝てる勝算も無い」
「ゼヴァルさん……」
リエルは愁いを帯びた表情で、ゼヴァルの隣に座り直した。
カイが不思議そうに、バルディンが案じるようにこちらを見ている。
「この旅に、意味は——」
「ゼヴァルさん」
リエルはゼヴァルの言葉を遮り、同じ地面を見つめた。
「その、後で、少しお話ししませんか」
ゼヴァルは何も言わず、ゆっくりと立ち上がった。
「……すまない」
それだけ言い残して、ゼヴァルはバルディンとカイの元へ向かった。
リエルにはその背中が、ウモラ湿原到着前夜に見た背中と重なって見えた。
そして、救護テントで見た涙。あれが何を意味していたのか、リエルにはわからない。
だが、離れていくその背中がそれ以上遠くにいかないよう、リエルは寄り添うようにゼヴァルの隣に並んだ。




