第31話 トラーマ、燃ゆる③
瓦礫に退路を塞がれた住民たちに、魔物がにじり寄る。その目前までバルディンたちが迫った。
「まずは魔物共を引き離す」
そう言ってバルディンが右手を地面につけた。
茶色い光とともに地面が盛り上がり、魔物と住民たちの間に土壁がせり上がる。
魔物は壁に阻まれ、行き場を失いふらふらと彷徨っている。
「住民共は任せたぞ」
「は、はい!」
アイウートが壁の切れ目へ回り込み、剣で行く道を指し示す。
「商会の傭兵です! 今のうちにこちらへ!」
住民たちがうろたえる。アイウートは立ち尽くした——が、一つ深呼吸して住民たちを真っ直ぐに見つめ直した。
「大丈夫です。僕たちが必ず皆さんをお守りします」
その言葉に押されるように、住民たちは少しずつ壁の隙間から通りの方へと走り出した。
アイウートがそれを先導し、その進む先へ、バルディンが次々と土壁を立てていく。
逃げる列へ横から迫ろうとしていた魔物は、せり上がる壁に阻まれて弾かれた。
「止まるでないぞ。真っ直ぐ走れ!」
バルディンが声を張り上げる。人の列が続々と路地の方へと逃れていく。
列の後ろについていたカイは、人波の流れをただ見送っていた。ふと、瓦礫に足を取られて躓いた老人に気づく。
「だ、大丈夫か……?」
肩を貸すと、老人の目尻が柔らかく下がった。
「どこのどなたか存じませんが、ありがとうございます」
カイはこくり、とだけ頷いた。老人に肩を貸したまま、逃げる列の後を追う。
少し先では、バルディンが土壁を継ぎ足しながら道を確保し続けていた。列の進行に合わせ、位置取りを調整している。
アイウートは路地の前で住民たちを誘導している。通り過ぎる人々へ、励ましの言葉をかけ続けていた。
カイはふうと息をつく。
「爺さん、あと少しだ——」
「きゃあああああ!!」
列の先で悲鳴が上がった。
路地の脇道から回り込んでいた魔物の群れが、住民たちの行く手に立ち塞がっている。
一人の男性が魔物に抱きつかれた。炎が体を包み、声にならない悲鳴を上げながら地面に倒れていく。
「いけない——」
アイウートが弾かれたように飛び込んだ。カイが叫ぶ。
「おっちゃん! 魔物が!!」
「わかっておる!」
バルディンが路地の方へと駆け出す。
地面から手を離したことで土壁が崩れ、行き場を失っていた魔物が襲いかかる。
「ぬうん!」
走りながらバルディンが魔物を斧で叩き伏せていく。怯んだ隙に、どんどん前へと向かう。
あと少し、とバルディンが思ったその時、頭上で軋みを上げるような音が鳴った。
炎に焼かれた工房の壁が、大きくたわんでいた。焼けた柱は耐えきれず、火の粉を散らしながら傾いていく。
「崩れるぞ——!」
バルディンの怒号より早く、壁が崩れ落ちた。燃え盛る瓦礫の山が雪崩のように、路地の入口へと降りかかる。
「うわああああああ!!」
慌てふためく住民たちの服をまとめて掴み、バルディンが通りへと引き戻す。
その刹那、地面を崩落の衝撃が激しく揺らした。
轟音とともに焼けた風が吹き荒れ、噴き上がった火の粉と煙の塊が路地を呑み込んでいく。
腕で顔を庇い、バルディンはその場に踏みとどまる。やがて煙が晴れると、瓦礫の山が路地の入口を塞ぎ切っていた。
「おっちゃん! 生きてるか!?」
「当たり前だ」
老人とともに、カイが荒い息をつきながら合流する。住民たちは折り重なるように尻餅をつき、腰を抜かしていた。
バルディンは腕で口元を拭い、煤に汚れた顔で塞がれた路地へと目を向ける。
「……分断されてしまったか」
瓦礫の山は背丈を優に越える高さまで、厚く積み上がっていた。瓦礫の向こうから、人々の悲鳴が微かに聞こえる。
カイが瓦礫の近くに駆け寄り、隙間を覗き込む。だが、熱風が顔を打ち返すばかりだった。
「……どうすんの?」
「何とかするしかあるまい。先の行軍で魔力をかなり使ったが、瓦礫をどかすだけなら造作も無いことだ。少し離れておれ」
そう言ってバルディンも瓦礫の山へと歩み寄る。足取りは僅かに重く、息が上がっている。
カイはバルディンへと振り返り、その背後の光景に頭を抱えた。
「お、おっちゃん、後ろ……」
眉をひそめてバルディンも振り返る。近くの建物から、魔物が続々と炎から湧き出てこちらに向かっていた。
残された住民たちに目を向ける。皆疲弊している。何人かは、先程の崩落で酷い怪我を負っていた。
視界の端で、一人の傭兵が背後から魔物に抱きつかれ、炎に包まれた。炭のように黒く焦げ、地面に伏していく。
「……まずはこちらを何とかせねばか」
短く舌打ちして、バルディンは住民たちへ向き直った。
「別の路地へ逃げるぞ。歩ける者は、怪我人に手を貸してやれ」
返事は無く、住民たちは力無くうなだれていた。
「もう助からない……」
「どうして、こんなことに……」
弱音がぽろぽろと漏れ出す。バルディンは肩をすくめ、通りの方へ踵を返した。
「死にたければ勝手にせい」
言い放って歩き出したバルディンだが、数歩でその足が止まった。
通りで逃げ場を探していた傭兵の一人が、爆ぜる音とともに爆風に呑まれ、宙へ舞う。
地に落ちる前に、その体は炭のように黒く焦げていた。轟音の余韻に、住民たちの悲鳴が重なる。
「おいおい、まだ生きてる奴がこんなにいるのかぁ?」
炎の向こうから、猫背の男が歩いてきた。焼け焦げた跡と、血が滲み、黒ずんだ染みの散った黒い装束。
まくった右の袖からは、逆三角形を核に、放射状に伸びる尖った筋と弧を描いた黄橙色の刻印が覗いていた。
「ってことはぁ、俺が殺していいってことだよなぁ。そそるぜぇ」
のらりくらりと、燃える通りを我が物顔でこちらへと進んでくる。
「何だ、あいつ……」
カイが呟く。バルディンは斧を構え、カイを後ろへと押しやった。
「小僧、下がっておれ」
「で、でも……」
「戦闘は、儂に任せろ」
カイは言い返せず、黙って頷いた。
男の黄橙色の目が、蹲る住民たちを品定めするように舐めていく。
「どれも美味しそうだぁ」
不意に男が右手を前にかざした。刻印から黄橙色の光が放たれる。
「大爆発」
「——! 伏せろ!!」
バルディンが地面に手のひらを叩きつけた。茶色い光が迸り、辺りを囲うように土壁がせり上がる。
直後、爆圧が土壁を殴りつけ、壁面を抉って砕いた。土くれと熱風が頭上を吹き荒れ、降り注ぐ。
「ぐっ……!」
バルディンが片膝をつく。壁を支える腕が、細かく震えていた。
土煙の向こうで、男が心底つまらなさそうに肩を落とす。
「なんだ、防いだのかぁ。じゃあもう一発。次は壁ごとなぁ」
男がもう一度右手をかざす。黄橙色の光が膨れ上がり、弾けた。
閃光と轟音が土壁を叩き割り、砕け散った壁の破片が火の粉とともに四方へ散る。
「うわあああああ!!」
住民たちが頭を抱えて縮こまる。バルディンは肩で息をしていた。
「まずいな……」
ぼやいて、再度土壁を生成する。しかし、先程より低く、厚みも無い。
支える腕の震えがそのまま伝わったかのように、壁の縁がぐらついていた。
男が愉しそうに舌舐めずりする。
「頑丈なドワーフだなぁ。けど、いつまで保つかなぁ?」
バルディンの額から汗が滲む。爆音とともに、壁が砕け散る。
「おっちゃん!!!」
カイが叫び、半身を乗り出してバルディンへ手を伸ばす。だが、足はもつれて動かず、その手は届かなかった。
「よく頑張ったから、まずはお前から殺してやるよぉ」
男がバルディンに右手をかざす。
「大爆発」
黄橙色の光がバルディンの眼前で膨れ上がり、弾けた。




