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甦生のアストログマ  作者: ボリカツ
ウモラ湿原編
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第22話 アイウートの信念①

 石段を下りきると、人だかりはすぐそこだった。リエルが背伸びをして人の肩越しに中を覗き込む。


 バルディンは人混みの横から体を捻じ込み、ゼヴァルは一歩引いた位置で人の切れ目に目をやった。


「このブッロ様にぶつかっといて、ただで済むと思うなよ!」


 緋色の差し色が入った濃灰色の上衣を着た大男が、人だかりの中心から濁った怒声を響かせる。


 片手に酒瓶を握っており、服の襟元がだらしなく開いている。剥き出しの腕には、緋色の腕章が巻かれていた。


「す、すみません、つい手元が——」


「すみませんで済むなら傭兵様はいらねぇんだよ」


 そう言ってブッロが掴んでいた胸倉から手を放すと、支えを失った商人はその場に尻餅をついた。


「落とし前、きっちりつけさせてもらうからなぁ!」


 ブッロが荷車を蹴り上げる。乗っていた籠が揺れて果物が零れ落ちていく。


 通りを行き交う人々はその様子を遠巻きにするか、視線を逸らして通り過ぎていくばかりだった。


「酷い……」


 リエルが人だかりを抜けようと足を踏み出す。その腕をゼヴァルが掴んだ。


「やめておけ。関わらない方がいい」


「……ゼヴァルさんは、もっとお優しい方だと思っていました」


 ゼヴァルの手を振り解き、リエルは人混みの中へと走り去った。


 人の隙間を縫うように、人波をかき分けて前へと進んでいく。


 しかし、リエルが辿り着くより早く、水色の髪の青年がブッロの前に立ちはだかった。


「ま、町の方に、そんな態度をしてはいけません……!」


 青年の声は震えていた。ブッロより一回りも小柄な体格だが、ブッロと同じ色の上衣、腕に同じ腕章を巻いていた。


「何だてめぇは」


 ブッロが青年を睨みつける。


 青年は怯んで一歩退いたが、澄んだ水色の瞳は細い金縁の丸眼鏡の奥で、しっかりとブッロを見返していた。


 ブッロは眉を寄せて青年を上から下まで見下ろす。


「同業か。お前、俺が誰だかわかって言ってんのか?」


「わ、わかりません……!」


 青年の肩が強張る。しかし何かを決心するように唾を呑み込み、ブッロを真っ直ぐに見上げた。


「ただ、同じテレーノ商会の傭兵として、見過ごせません」


「ふん、知らないなら教えてやる。俺はブッロ、この辺りじゃ名の知れた腕のいい傭兵だ」


 ブッロが鼻を鳴らし、青年に薄ら笑いを向ける。


「そんな俺様に、お前今なんつった? 見過ごせないだぁ?」


「そ、そうです。町の平和を守る僕たちが、そこで暮らす人々に手を上げていいはずがありません」


 青年は声も肩も震えていたが、一歩も引き下がる様子は無かった。ブッロは不愉快そうに顔をしかめる。


「くそ生意気な……」


 低く唸り、酒瓶を握る手とは逆の手をぐっと握り締める。


 青年はその拳に一瞬肩がすくんだが、それでも震える声を喉の奥から押し出した。


「どんな理由があっても、僕たちはトレミアの正義と秩序を守る存在でなければならないはずです!」


「うるせえ! 何様のつもりだ!!」


 堪えていたものが弾け、ブッロは青年の頬に向かって拳を勢い良く振り下ろした。鈍い音とともに、青年の体が荷車の方へと吹き飛ばされる。


「ぐっ……」


 荷車に背中から叩きつけられ、青年はそのまま地面の上にずるりと崩れ落ちた。丸眼鏡が顔の上でずれ、唇の端から細く血が滲んでいる。


「き、規律違反ですよ……」


 石畳に手をつき、青年が歯を食いしばりながら身を起こす。


 ブッロを見上げたその瞳には、痛みに耐える色と共に揺るぎない芯が宿っていた。


「ちっ、しぶとい野郎だ」


 ブッロが酒を呷り、青年へとにじり寄っていく。


「やめてください!」


 人混みを切り裂くようにリエルが現れ、倒れ込んだ青年の前に両腕を広げて立ちはだかった。


「あ、あなたは……?」


 青年が目を丸くしてリエルを見上げる。ブッロの拳がぴくりと止まった。


「こいつは珍しい。エルフがこの俺に何の用だ」


「この方は怪我をされています」


「ああ。そいつにお灸を据えているところだ」


「これ以上はただの暴力です」


 リエルがブッロを真っ直ぐに見上げる。


 ブッロはその瞳の奥に、青年が自身に向けたものと同じ光が宿っているのを感じた。顔を歪め、拳を再び振り上げる。


「どいつもこいつも……てめぇは森にでも引っ込んでろ!」


 リエル目掛けて拳を振り下ろす。


「あ、危ないっ——!」


 青年が声を上げる——ぱしっ、と乾いた音とともに、リエルの手前で淡い金色の光が弾けた。


 ブッロの拳は半球状の透き通った光の壁に阻まれ、宙で止まっている。


「こいつは……」


 ブッロが目を見開いて、自分の拳と光の壁を交互に見つめる。


 その奥で静かに自分を見ているリエルの視線に気づくと、ブッロの顔が更に歪んだ。


「一丁前に睨んでんじゃねえぞ!」


 ブッロが酒瓶を振り上げる。


「そこまでだ」


 声と同時に、振り上げられたブッロの手首を横から伸びた手が掴んだ。


 ブッロが振り払おうと腕に力を込めるが、その手はびくともしなかった。


「何だてめぇは!」


「ゼヴァルさん……」


 激昂するブッロをゼヴァルが腕を掴んだまま、鋭い瞳で見上げていた。


 青年の元にはバルディンが駆けつけており、肩を貸そうとしている。


「くそが! 上等だ!!」


 ブッロがもう一方の手を腰の剣へと伸ばす。その時、石段の方から複数の足音が走り寄ってくる音が響いた。


「何事だ! そこで何をしている!」


 テレーノ商会の腕章を付けた傭兵が二人、三人と人混みをかき分けながら駆けつけてくる。


 たちまちブッロとゼヴァルたちの周りを、傭兵たちが取り囲んだ。


「これは一体どういうことだ」


 恰幅の良い傭兵が前へと歩み出て、険しい表情で周囲を見渡す。


「またお前かブッロ。傭兵資格を剥奪されたいのか?」


 ブッロはふんと鼻を鳴らして地面に唾を吐いた。剣にかけていた手はいつの間にか引っ込んでいる。


「違う、こいつらが先に——」


「言い訳は向こうで聞く」


 恰幅の良い傭兵はブッロの言葉を一蹴した。それからゼヴァルへと視線を移す。


「その手を放してもらえるかな」


 指示に従いゼヴァルが手首から手を放すと、ブッロはバツが悪そうに振り上げていた酒瓶を下ろした。


 リエルもふうと息をついて結界を解除する。


 恰幅の良い傭兵は顎髭を撫でながら頷くと、周囲の傭兵に向かって指示を飛ばした。


「ブッロを連れて帰れ。頭を冷やさせろ」


「はっ」


 二人の傭兵がブッロの両脇を固め、不服そうなブッロを引きずるように連れ去っていく。


 残った傭兵は商人の元へと駆け寄り、何事かを話した後、荷車を引いて商人と共に通りの奥へと消えていった。


 それに合わせて、遠巻きに様子を窺っていた人々の足がゆっくりと動き始めた。


 ひそひそと囁き合っていた声はやがて元の街路の喧騒に紛れていき、人々は何事も無かったかのように通りを行き交い始めた。


「——さて」


 恰幅の良い傭兵が改めて辺りを見回す。ゼヴァル、リエル、バルディン、そして青年へと順に視線を移す。


「お前は、確かアイウートか」


 恰幅の良い傭兵がアイウートと呼んだ青年の方へと歩み寄り、片膝を石畳に突いて怪我の具合を確かめる。


「立てるか?」


「は、はい……」


 アイウートは掠れた声で返事をすると、バルディンの肩を借りてよろめきながら膝を立てた。


 恰幅の良い傭兵が手を差し出し、アイウートはその手を掴んでゆっくりと立ち上がる。


「ありがとうございます……」


 眼鏡のずれを直しつつアイウートは頭を下げた。


 恰幅の良い傭兵は頷いて、ゼヴァルとリエルの方へ振り向いた。


「君たちは、旅人だね。私はモルト。うちの者が迷惑をかけてすまなかった」


「気にしていない」


 ゼヴァルが短く答えた。


「そう言ってもらえると助かるが、見苦しいところをお見せしてしまった。テレーノ商会の名は廃る一方だ」


 モルトは腰に手を当ててやれやれと深い息を吐いた。その表情は憂いを帯びており、疲れたと言わんばかりに肩を落としている。


「お前も、あまり無茶はするなよ」


 気を取り直すようにモルトは顔を上げ、アイウートの肩を軽く叩いた。アイウートは何も言わず、唇を噛んでただ地面を見つめていた。


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