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甦生のアストログマ  作者: ボリカツ
星降る丘編
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17/24

第17話 村から失われたもの

 坂を上っていくと、両脇に家々が立ち並び始めた。


 リエルが辺りを見回す。軒先で乾いた洗濯物が、竿にかけられたままになっている。


「下と様子は同じようですね」


 別の家に目をやると、薪を積んだ木の棚が傾いたままになっていた。生活感はあるが、どこか廃れているようだった。


「やはり村で何か……」


「考えても仕方あるまい、行くぞ」


 誰にも会わないまま坂を上り切ると、気持ちの良い風が三人を出迎えた。立ち並んだ家々の軒の向こうに、青く霞む山々の稜線が遠くまで続いている。


「いい景色ですね……」


 リエルが思わず声を漏らす。振り返れば上ってきた段丘がいくつも下へと連なり、視界の向こうに谷が霞んで広がっていた。


「山も森もあんなに遠く、まるでどこまでも広がっているようです」


「しかし、相変わらず人の姿が見えんな」


 周囲の固く閉ざされた戸口に目をやり、バルディンが肩をすくめる。ふと、ゼヴァルが前方を指差した。


「あそこに誰かいるようだ」


 家並みの端にひっそりと佇む木組みの見張り台の下に、誰かが立っていた。空に向かって伸びる(やぐら)に吊るされた木の板が風に揺れて、こつ、こつ、と乾いた音を立てている。


「行ってみましょう」


 三人は見張り台の方へと向かう。


 初老の男性が真剣な表情で、台の横木に新しい板を当てて釘を打ちつけていた。粗末ながらも仕立ての整った布地の服を着ている。


 足音に気づいたのか、男性は手を止めて振り返ると、三人を順に見やった。その目には見慣れない者たちへの純粋な疑問の色が浮かんでいた。


「どちらさまですかな」


「道の途中でこの村に立ち寄っただけの、ただの旅人じゃ」


 バルディンがそう言うと、男性は少し目を丸くした。


「旅の方……珍しいですな。近頃はこの村に立ち寄る者など、とんと減ってしまいました」


「理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 バルディンの横からリエルが尋ねる。男性は見張り台、その奥に広がる青い空をぼんやりと見上げた。


「かつてこの村は星の降る丘と呼ばれ、夜になると美しい星空が見える場所でした。しかし、数ヶ月前から魔物がこの辺りに住み着き、夜になるとどこからともなく現れて、人や作物を襲うようになりました」


 男性は重いため息をつき、三人に向き直る。


「おかげで我々は、日が暮れると家に閉じこもるしかなくなりました。村人たちの心は沈み、この村は日に日に痩せていくばかりです」


「それで村の様子がおかしかったんですね……」


 リエルが納得したように頷き、バルディンは不思議そうに首を傾げた。


「魔物が出るのは珍しいことでもあるまい。今まではどうしておった」


「村には自警団がありますが、その魔物は強力で我々では歯が立たないのです。近くの国に助けも求めましたが、このような辺境の村に兵力を割く余裕は無いと……」


「この辺りだと、近いのはトレミア共和国か。妙じゃな、あそこなら兵を割いてくれてもおかしくないが」


 バルディンはううむと考え込んでしまった。男性は木槌を握り直し、見張り台へと向き直る。


「旅の方、この村には何もありません。夜になる前に村を離れることをおすすめします」


 そう言って男性は再び釘を板に打ちつけ出した。バルディンは考えるのを止めて見張り台へ歩み寄り、手を添える。


 見張り台は傷だらけだった。細かな引っ掻き傷に紛れる深く抉られた木肌の上に、何度も板で補強した跡が残っている。


「お前さんはここで何をしとるんだ」


「私は、この見張り台から見上げる星空が大好きでした。何度魔物が村を襲おうと、この見張り台だけは……私の思い出だけは、こうして守り続けたいのです」


 古い板を一枚剥がし、新しい板を添える。男性は黙々と釘を打ち続けた。バルディンは髭を撫でながら一つ息をつき、ゼヴァルへと目をやった。


「どうする、ゼヴァル」


「この村に宿はあるのか?」


 ゼヴァルが低い声で尋ねた。フードの陰から覗いた青い瞳は、じっと男性に向けられている。男性は再び手を止めてゼヴァルを見つめた。


「宿……向こうに一軒ありますが、泊まっていくおつもりですか? 悪いことは言いません、夜になる前にこの村を——」


「大丈夫だ、俺たちの心配はいらない」


 ゼヴァルは短くそう言って男性の指差した方へと歩き出した。バルディンとリエルがその後に続く。


 男性は三人の背中をぼんやりと見送ると、見張り台へと向き直った。こん、こんと木槌を振るう音が寂しく響いていた。



 *



 家並みを抜け、三人は丘の端に建つ二階建ての家の前で足を止めた。


 古びた木の看板が下がっており、軒の下には蜘蛛の巣が張っている。リエルはそれを見上げながら心配そうに呟く。


「ここも寂れているようですね……」


「野宿よりは幾分ましじゃろう」


 バルディンが構うことなく戸口を開け、三人は中へと入った。


 土間の先には小さな食堂を兼ねた広間があり、奥の竈で火が燻っていた。人の気配に気づいたのか、布巾で手を拭きながら恰幅の良い中年の女性が奥から出てきた。


「お泊りかい?」


「ああ、三人だ。部屋は空いとるか」


「全部空いてるよ、好きなところを使うといい。ただ、日が暮れたら部屋から出ないように。私は責任を取れないからね」


 女性はため息混じりに奥の階段を顎で示した。促されるままに三人は二階へと上がり、階段を上がってすぐの部屋を一人一部屋使うことにした。


「荷物を下ろしたら飯だ」


「わかりました」


 簡素なテーブルとベッドが並ぶだけのこじんまりとした部屋だったが、手入れはされているようだった。それぞれ荷物を下ろし、部屋を出る。


「外套は脱がないのですか?」


 リエルが怪訝そうにゼヴァルを見つめる。ゼヴァルは少し考えた後、フードを下ろして外套を部屋にかけた。


 階段を下りて広間へと向かう。食堂の方では先程の女性が竈に火をつけているところだった。その隣で少女が野菜を切っている。


「大したものは出せないよ」


 三人が席に着いてからしばらくして、湯気の立つスープと黒いライ麦パンがテーブルに並べられた。


「ぶどう酒はあるか?」


 バルディンが尋ねると、野菜を切っていた少女が杯を運んできた。バルディンはそれを受け取ると、ぶどう酒を一息に呷ってふうっと息を吐いた。


 少女は俯きがちに三人の様子を窺っており、見かねたリエルが少女に優しく微笑みかけた。


「どうかされましたか?」


「……この村に何しに来たの?」


「私たちは旅をしておりまして、この村の近くを通りかかったので立ち寄らせて頂いたんです」


「ふうん……」


 少女が黙る。


 リエルは木の匙でスープをすくい、一口含んだ。根菜の仄かな甘みと僅かに干し肉の旨みが溶け合っており、素朴だが温かい味だった。


「とても美味しいスープですね、あなたが作られたのですか?」


「そう」


「料理がお上手なのですね。ええと……」


「……ティカ」


「ティカさん、というのですね。素敵なお名前です。私はリエルと申します」


 リエルが再び微笑みかけると、ティカはふいとそっぽを向いた。


 ゼヴァルとバルディンはパンとスープを口に運びながら、黙ってやり取りを聞いていた。


 ぎこちない会話だ、と思っているとゼヴァルはティカに見られていることに気づき、顔を上げた。


「何だ」


「旅をしているってことは、魔物とも戦ったことがあるの?」


「ああ」


「……ふうん」


 ゼヴァルは淡々と食事を続ける。ティカはその様子をしばらく見つめ、再び口を開いた。


「……じゃあ、この村の魔物も倒してよ」


 ゼヴァルが匙を置いた。少女の栗色の瞳はテーブルの端を見つめている。


「……私の、お父さんの仇を——」


「ティカ!!」


 竈の方から女性の鋭い声が飛んだ。ティカの肩がびくりと跳ねる。


「旅の方に、何てことを……すみません、子供の言うことです。忘れてください」


 女性はティカの腕を引き寄せ、深く頭を下げると、ティカを連れて奥へと去っていってしまった。


 広間に気不味い沈黙が落ちる。バルディンはぐいとぶどう酒を飲み干し、杯をことりとテーブルに置いた。


「夜までまだ時間はある。準備を怠らんようにせんとな」


 バルディンの言葉に二人はゆっくりと頷いた。それから、リエルは憂いを帯びた表情で竈の方をただ見つめ、ゼヴァルは静かにスープを口に運び続けた。


『お父さんの仇を——』


 ティカの放った言葉が、二人の胸の中で揺れていた。


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