人型
二十分ほどして、ベッド周りの作業は一段落した。
高橋は残置物を分けている。最初は一つ物を動かすたびに相馬を見ていたが、今は入れる袋を自分で決め、手を動かしていた。
相馬は、汗で背中に貼りついた防護服ごと腰を伸ばした。
「ここ終わったら、次あっちな」
廊下の左手にある小部屋を顎で示す。
「あの狭い部屋ですか」
「そう」
「了解です」
壁の時計が正午に近づくころ、相馬の腹が鳴った。
「腹減りましたねえ。あ、もしかして先輩、今日も昼、おにぎりだけですか」
「悪いか」
「飽きないのかなと思っただけっすよ。コンビニ行けばいいのに」
「アホか。コンビニなんて高えよ」
「三百円くらいじゃないですか」
「その三百円を毎日払うのが嫌なんだよ。自分でつくれば百円で済む」
「ほんと金使わないっすね」
「お前も節約しろ。自販機でジュース買うとかありえないから」
「何でそんなに貯めてるんです?」
「教えるか。職場の人間に話していいことと悪いことくらい知っとけ。あと口より手」
「はいはい」
「はいは一回」
「はい」
高橋が笑った。
相馬は返事の代わりに、汚れたウエスを袋へ落とした。
給料が入れば、先に貯蓄と投資へ回す。昼は塩むすび二つ。水は大きめの水筒へ入れて家から持ってくる。別に、車も時計も欲しくない。彼女なんてのもいない。
腹が減ってから米を炊き、洗ったTシャツが乾くまで待つ。
そんな日を自分で選べるようになるまで、あと少しだった。
「そこ、燃えるゴミじゃねえぞ」
「はい!」
高橋は返事の勢いのまま、ゴミを別の袋へ移した。
次を拾う手を止め、高橋は相馬の肩越しを見た。
「……相馬さん」
「なんだよ」
「袋」
相馬は振り返った。
壁際の黒い廃棄袋が、畳から数センチ浮いていた。
ガサ、と中で布が擦れた。袋の底がふくらみ、しぼむ。次の音は少し上からした。もう一度。今度はさらに上だった。
「おい」
袋の結び目がゆっくり持ち上がった。左右のビニールが張り、人の肩のような形になる。片方だけやけに高い。そこが一度へこみ、少し下でもう一度ふくらんだ。
今度は、肩に見えた。
その上が丸く持ち上がった。
高橋だけが一歩下がった。
「相馬さん……」
折りたたんで捨てた布が、黒いビニールの内側からぴたりと押しつけられた。
次の瞬間、破裂音と共に袋が裂けた。
黒褐色のシーツが畳へ滑り落ちる。
一瞬、ただの汚れた布に戻った。
だがすぐに、その中央が、ゆっくり持ち上がった。
四隅を畳に残したまま、誰かが内側で立ち上がるように高さを増していく。頭ができ、肩ができ、胴が伸びる。右肩だけが少し低かったが、一度沈むと、今度は左と同じ高さまで持ち上がった。
人の形だった。
相馬は頭ではなく、裾を見た。
脚がない。
シーツの下端と畳のあいだを、細い暗がりが端から端まで通っていた。




