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後悔したくないから 後編

青年が立ち上がる。


「ありがとうございました、カイル様」


「うん。君が後悔しない道を選べるといいね」


「はい」


青年が一礼して、部屋を出ていく。


カイルも見送ろうと、扉へ向かった。


そして、扉を開ける。


「……ルシア?」


そこに、ルシアが立っていた。


俯いている。


カイルは一瞬、驚いて言葉を失った。


ルシアの頬には、涙が流れていた。


「……ルシア?」


呼ばれて、ルシアがゆっくり顔を上げる。


「カイル様……」


「……聞いてたの?」


ルシアは小さく頷いた。


「はい……」


カイルは少し困ったように目を伏せる。


「そう……」


ルシアは慌てて涙を拭った。


「ごめんなさい。聞くつもりはなかったんです」


「謝らなくていいよ」


「……でも」


「たまたま聞こえたんでしょう?」


「はい……」


カイルはルシアの顔を見る。


しばらく黙ったあと、静かに尋ねた。


「どこから聞いてたの?」


「……最初からです」


「そうなんだ」


ルシアはまた涙を拭う。


カイルが離れていた数年間。


ルシアは何も知らなかったわけではない。


侍女たちから聞いていた。


カイルが自分を探し続けていたこと。


辛い時期を過ごしていたこと。


そして、仕事に没頭するようになったこと。 


だから、カイルが苦しんでいたことは知っていた。


知っているつもりだった。


けれど。


「……私」


ルシアが小さな声で言った。


「カイル様が、私をずっと探してくださっていたことは知っていました」


「うん」


「お仕事に没頭していたことも……」


カイルは黙って聞いている。


「でも……」


ルシアの声が震えた。


「今日、カイル様ご自身の言葉で聞いて……」


そこで言葉が止まる。


涙だけが、静かに頬を伝っていく。


「私が思っていたより……ずっと……」


それ以上は、言葉にならなかった。


カイルは何も言わず、ルシアを見つめた。


ルシアは何度も涙を拭う。


「私……知っていたつもりだったのに……」


カイルは静かに首を横に振った。


「分からなくていいよ」


「……」


「僕も、ルシアが離れていた間に何を考えていたのか、全部知っているわけじゃないから」


それでも、ルシアの涙は止まらなかった。


「……カイル様」


「うん」


「私のために……」


言葉が途切れる。


カイルは少しだけ笑った。


「僕がそうしたかったんだよ」


「……」


「ルシアを探したかった」


その一言に、ルシアの目からまた涙が溢れた。


カイルはそんなルシアを見て、少し困ったように笑う。


「そんなに泣かなくてもいいのに」


「……無理です」


「そっか」


カイルは穏やかに答えた。


「じゃあ、少し泣いていていいよ」


ルシアは俯いた。


涙を止めようとしても、止まらない。


カイルはそんなルシアを見つめながら、静かに言った。


「……中庭、行こうか」


「……中庭?」


「うん」


カイルは手を差し出す。


「少し、二人でいよう」


ルシアはその手を見つめる。


そして、涙を拭いながらそっと手を重ねた。


二人はゆっくりと歩き出す。


向かう先は――


二人だけの思い出が残る、静かな中庭だった。


中庭に着いても、ルシアの涙はまだ止まらなかった。


カイルは何も言わず、ルシアをそっと抱きしめる。


「……」


ルシアはカイルの胸元に顔を埋めた。


カイルは急かさなかった。


ただ、ルシアが落ち着くまで静かに抱きしめている。


夜の庭には、葉が風に揺れる音だけが響いていた。


しばらくして。


ルシアの肩の震えが、少しずつ小さくなっていく。


「……落ち着いた?」


「……はい」


ルシアは顔を上げた。


目元はまだ赤い。


けれど、さっきまでの涙はもう止まっていた。


そして。


カイルをじっと見つめる。


「……カイル様」


「うん?」


「大好きです」


「……急にどうしたの?」


カイルが少し驚いた顔をする。


ルシアは小さく笑った。


「言いたくなったんです」


「そう?」


「はい。大好きです」


「……うん」


「大好きです」


「分かったよ」


「大好きです」


「ルシア……」


カイルは思わず笑ってしまう。


それでもルシアは止まらない。


「カイル様が私を思ってくださっていた気持ちより、私のほうがもっとカイル様を思っています」


「それはどうかな」


カイルが楽しそうに笑う。


「絶対、私のほうが大好きです」


「本当に?」


「絶対です」


「じゃあ、僕も負けないようにしないとね」

「負けませんから」


二人は顔を見合わせる。


そして、同時に笑った。


さっきまで涙を流していたのが嘘のように。

いつもの二人に戻っていた。


けれど。


ルシアはふと笑うのをやめた。


カイルをまっすぐ見つめる。


「……カイル様」


「うん?」


今度の声には、冗談ではない強さがあった。


「愛しています」


カイルの表情が静かになる。


「もう、絶対に離れません」


ルシアはカイルの手を両手で包んだ。


「どんなことがあっても」


カイルはしばらくルシアを見つめた。


そして、優しく微笑む。


「……うん」


握られた手を、そっと握り返す。


「僕も、もう離さないよ」


二人は並んで夜空を見上げた。


しばらくして、ルシアが思い出したように言う。


「……あの方、幸せになれるといいですね」


「あの部下のこと?」


「はい」


カイルは頷いた。


「きっと大丈夫だよ」


「ご両親にも、いつか分かってもらえるといいですね」


「うん」


二人は顔を見合わせる。


「幸せになってほしいですね」


「そうだね」


静かな中庭で。


二人は、若い部下とその恋人の未来が幸せなものになるように、心から願った。


そして今度こそ。


二人自身も、離れることのない未来を歩いていくのだった。

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