帰りを待つ 後編
「……おかえり、なさい……」
弱々しい声。
けれど、その声には嬉しさが滲んでいた。
ルシアはそのままカイルの胸に顔をうずめている。
カイルは細い背中をそっと抱きしめた。
見つけた安心感が胸いっぱいに広がる。
それでも、腕の中のルシアから伝わってくる熱が気になって仕方がない。
カイルは髪を優しく撫でながら、穏やかな声で尋ねた。
「ルシア、少ししんどいでしょう?」
「……少しだけ……」
「熱があるから、部屋に戻ろうか」
責めるような響きは一切ない。
ただ、心配していることが伝わる優しい声だった。
けれどルシアは、カイルの胸に頬をつけたまま小さく首を横に振る。
「……もう少し、ここにいたいです」
「ここで?」
「うん……カイル様が帰ってきたから……もう少し、お話したいです」
カイルは一瞬だけルシアの顔を見つめた。
熱で頬は赤く、瞳も潤んでいる。
それでも自分に会えたことを嬉しそうにしている。
「じゃあ、少しだけね」
「はい……」
「でも、部屋で聞くから。ここは少し冷えるし」
「……それでも」
ルシアはカイルの服を小さくつまんだ。
「今日の視察……どうでした?」
「僕の話を聞く余裕はあるんだね」
カイルが少し笑う。
「聞きたいです」
その言葉に、カイルは仕方なさそうに微笑んだ。
そして、羽織っていた上着を脱ぐ。
ルシアの肩を包むように、そっと掛けてやった。
「これ、着てて」
「……あったかい」
ルシアが嬉しそうに笑う。
カイルはそのままルシアを抱きしめていた。
「今日はね、領地の南側を見てきたんだ。街道の整備が進んでいてね――」
「うん……」
ルシアはカイルの胸に寄り添いながら、楽しそうに話を聞いている。
「それから、領地の人たちがルシアに会いたがっていたよ」
「私に?」
「うん。婚約したことを聞いて、次に来るときは一緒に来てほしいって」
「……嬉しい」
ルシアの顔がぱっと明るくなる。
「私も、また行きたいです」
「そう言うと思った」
カイルは笑いながら、ルシアの髪をゆっくり撫でる。
「みんな、ルシアのことを覚えていたよ」
「そうなんですね……。じゃあ、次に行ったら……」
ルシアは楽しそうに話し始めた。
けれど、少しずつ声が小さくなっていく。
「私も今日……朝は……」
「うん」
「朝ごはんを食べて……それから……本を……」
カイルは黙って聞いていた。
ルシアの瞳が、だんだん重そうになっている。
「それで……中庭に……来て……」
「うん」
「少しだけ……休もうと思って……」
「うん」
「そしたら……いつの間にか……」
そこで言葉が途切れた。
ルシアはぼんやりと瞬きをする。
「……眠って……」
「うん」
カイルは相槌だけを返す。
責めることはしない。
ただ、ルシアの顔を心配そうに見つめていた。
「カイル様……」
「なに?」
「今日ね……」
「うん」
「カイル様が帰ってくるの……待ってたんです……」
「……うん」
「だから……帰ってきてくれて……嬉しい……」
最後の言葉は、ほとんど囁きだった。
ルシアの身体から、少しずつ力が抜けていく。
「ルシア?」
返事はない。
カイルの胸に頬をつけたまま、ゆっくりと目を閉じていく。
「……眠くなってきた?」
「……ん……」
小さな声。
もう一度だけ目を開けようとしたけれど、瞼はそのまま閉じた。
カイルは何も言わず、しばらくそのままルシアを抱いていた。
やがて、規則的な寝息が聞こえてくる。
「……眠ったね」
カイルはそっとルシアの額に手を当てる。
まだ熱い。
けれど今は、眠っているルシアを起こさないことを優先する。
「部屋に戻ろう」
カイルはルシアの身体をそっと抱き上げた。
ルシアは目を覚まさない。
カイルの胸元に寄り添ったまま、静かに眠っている。
その寝顔を見つめながら、カイルはゆっくりと中庭を後にした。




