おかえり
ルシアは、カイルの胸に顔を埋めたまま泣き続けていた。
最初は声を抑えようとしていた。
けれど、一度溢れ出した涙は、なかなか止まらなかった。
「……っ、う……」
カイルの服を掴む指にも力が入っている。
何年もの間。
会いたいと思っても会えなかった。
名前を呼びたくても呼べなかった。
忘れようとして。
思い出さないようにして。
それでも、心のどこかでずっと。
――もう一度だけ会いたい。
そう願っていた。
そのすべてが、今になって溢れ出していた。
「……カイル様……」
かすれた声で名前を呼ぶ。
カイルは、すぐに答えた。
「うん」
「……っ」
また涙が溢れる。
「うん。ここにいるよ」
ルシアは、それを聞くたびに、さらにカイルの服を掴んだ。
カイルは何も急かさなかった。
どうして離れたのか。
なぜ今まで姿を隠していたのか。
聞きたいことは、きっとたくさんあったはずなのに。
今は何も聞かない。
ただ。
泣きじゃくるルシアを、静かに抱きしめていた。
背中に回した手で、ゆっくりと撫でる。
「大丈夫」
小さな声で。
「……ゆっくりでいいから」
ルシアは何度も首を横に振った。
「……ごめんなさい……」
「謝らなくていいよ」
「でも……私……」
「今は、いい」
カイルの声は、どこまでも穏やかだった。
「何も言わなくていいから」
ルシアはまた泣いた。
しばらく。
ただ、波の音だけが聞こえていた。
どれくらい時間が経ったのか。
分からない。
カイルは一度も、ルシアを離さなかった。
ルシアが少しずつ落ち着いてくるまで。
何度も。
何度も。
ゆっくりと背中を撫でていた。
やがて。
「……っ」
ルシアの泣き声が、少しずつ小さくなっていく。
呼吸も。
少しずつ整っていった。
それでも。
カイルの服を掴んだ手は離せない。
「……」
カイルも何も言わない。
ただ、そばにいる。
しばらくして。
ルシアが、小さく息を吐いた。
「……すみません」
泣きすぎて少しかすれた声。
カイルはすぐに答えなかった。
それから。
「……もう落ち着いた?」
ルシアは、カイルの胸に顔を埋めたまま。
小さく頷いた。
「……はい」
けれど。
声はまだ少し震えていた。
カイルは、少しだけ笑った。
「本当に?」
ルシアは少し黙る。
そして。
「……たぶん」
その答えに、カイルは静かに笑った。
「そっか」
ルシアも。
ほんの少しだけ笑った。
涙でぐしゃぐしゃになった顔を、ゆっくりとカイルの胸元から離す。
「……」
目が合う。
あまりにも久しぶりに。
こんな近くで見るカイルの顔。
ルシアは、また涙が出そうになった。
けれど。
今度は必死に我慢した。
カイルは、そんなルシアを見て。
何も言わずに。
そっと目元に残った涙を拭った。
「……まだ泣きそうだね」
「泣きません」
「うん」
「……泣きません」
「そうだね」
カイルが少し笑う。
ルシアは困ったように目を伏せた。
「……すみません」
「だから、謝らなくていいよ」
カイルは、ゆっくりと。
優しく言った。
「ルシア」
その名前を呼ばれる。
ルシアの目が、また揺れた。
「……はい」
今度は。
逃げなかった。
自分の名前を。
否定しなかった。
カイルは、しばらくルシアを見つめていた。
それから。
「……おかえり」
ルシアの目から、また一粒だけ涙が落ちた。
けれど。
今度は泣きじゃくることはなかった。
「……ただいま、戻りました」
小さな声だった。
けれど。
カイルには、十分すぎるほど届いていた。
二人はしばらく。
夕暮れの海岸で。
何も言わずに立っていた。
もう。
無理に言葉にしなくても。
離れていた時間が。
少しずつ、終わっていくような気がしていた。




