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聞きたかった言葉

「……カイル様」


今度は。


はっきりと。


カイルの足が止まった。


夕暮れの海岸に、波の音だけが静かに響いている。


リナ――ルシアは、カイルの背中を見つめていた。


もう一度、名前を呼びたい。


けれど、声が出ない。


今まで必死に抑えてきたものが、胸の奥から溢れ出していた。


カイルはゆっくりと振り返った。


二人の目が合う。


ルシアの頬には、涙が流れていた。


「……」


カイルは何も言わなかった。


ただ、静かにルシアを見つめている。


それが余計に苦しかった。


「……っ」


ルシアは唇を噛んだ。


何年も。


ずっと会いたかった。


会えなくなってからも。


忘れようとしても。


忘れることなんてできなかった。


それでも。


カイルのためだと思って、離れた。


もう会わない方がいいのだと。


そう言い聞かせ続けてきた。


なのに。


「……カイル様……」


名前を呼んだ瞬間。


ルシアは、もう我慢できなかった。


走り出す。


今度は。


逃げるためではなかった。


カイルのもとへ。


ルシアはまっすぐ駆け寄った。


そして。


その胸に飛び込んだ。


「……っ」


カイルの胸元を掴む。


その瞬間。


ルシアの涙が一気に溢れた。


「……っ、う……」


声を抑えようとした。


けれど、できなかった。


「……うぅ……」


何年も我慢していた。


会いたいと言いたかった。


寂しかった。


もう一度会いたかった。


でも。


言ってはいけないと思っていた。


「……カイル様……」


ルシアは、カイルの胸に顔を埋めたまま泣いた。


涙が止まらない。


「……っ、カイル様……」


何度も。


何度も。


名前を呼ぶ。


カイルは、すぐには何も言わなかった。


ただ。


ルシアが自分の胸で泣きじゃくるのを、静かに受け止めた。


そして。


ゆっくりと。


そっと、ルシアの背中に腕を回した。


「……うん」


優しい声だった。


「僕は、ここにいるよ」


その言葉に。


ルシアはさらに強く、カイルの服を掴んだ。


「……ごめんなさい」


「……」


「……ごめんなさい……」


何度も繰り返す。


カイルは、ルシアの背中をゆっくり撫でた。


「謝らなくていいよ」


「でも……」


「いいんだ」


カイルは優しく言った。


「今は、何も話さなくていい」


ルシアは首を横に振った。


けれど。


涙が止まらず、言葉にならない。


「……っ、私……」


「うん」


「……ずっと……」


声が震える。


「……会いたくて……」


カイルの腕が、ほんの少しだけ強くなる。


「うん」


「……ずっと、会いたかったんです……」


その言葉を聞いた瞬間。


カイルは目を閉じた。


ずっと。


ずっと聞きたかった言葉だった。


けれど、カイルは責めなかった。



どうして離れたのかも。 


なぜ姿を消したのかも。


今は何も聞かなかった。


ただ。


「僕も」


小さく言う。


「……ずっと、会いたかった」


ルシアは、カイルの胸で声を上げて泣いた。


もう。


我慢する必要なんてない。


今だけは。


何年も離れていた時間を埋めるように。


ルシアは、ただカイルの胸にしがみついて泣き続けた。


カイルは、そんなルシアを静かに抱きしめていた。


「……もう大丈夫」


優しく。


何度も背中を撫でながら。


「……ここにいるから」


夕暮れの海岸で。


長い時間。


二人は離れることができなかった。

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