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やっと会えたのに

翌日。


町の朝は静かだった。


カイルは早くから宿を出て、一人で町を歩いていた。


昨日、広場で見つけたルシアの姿が頭から離れなかった。


何年も探していた。


ようやく見つけたのに。


彼女は自分を見るなり、逃げた。


――理由は、分かっている。


ルシアが自分のために、あの時すべてを捨てて姿を消したこと。


そして今もまた、自分と関わらないようにしていること。


それは、きっと今も変わっていない。


カイルは昨日の彼女の表情を思い出していた。


逃げたくて逃げたわけではない。


会いたくなかったわけでもない。


目が合った瞬間のルシアの瞳を見れば、分かる。


それでも。


彼女は逃げなければならないと思っているのだ。


だからカイルは、昨日追いかけたことを少しだけ後悔していた。


見つけた瞬間。


何も考えられなかった。


ただ、ルシアを失いたくなかった。


それだけだった。


そんなことを考えながら歩いていた時だった。


「……」


カイルの足が止まる。


通りの向こうから、一人の女性が歩いてきた。


昨日、見失ったばかりの姿。


見間違えるはずがなかった。


――ルシア。


女性もカイルに気づいた。


その瞬間。


ほんのわずかに表情が強張った。


逃げるのかと思った。


けれど。


今日は、その場に立ち止まった。


カイルはゆっくりと近づいた。


「……昨日の」


女性は少し戸惑ったように笑う。


「昨日?」


「広場にいたよね」


「……そうでしょうか」


カイルは何も言わず、彼女を見つめた。


昨日まで探し続けていた人が、目の前にいる。


何年も会えなかった。


何度も探した。


それでも。


今のカイルには、彼女を追い詰めることはできなかった。


「ルシア」


その名前を呼ぶ。


女性の肩が、ほんの少し揺れた。


けれど。


彼女はゆっくりと首を横に振った。


「人違いです」


「……」


「私はルシアという方ではありません」


カイルは、その言葉を否定しなかった。


ルシアが自分のために嘘をついている。


そう思うと。


その嘘を、無理に壊すことができなかった。


女性は少しだけ間を置いてから、頭を下げる。


「私は、リナと申します」


「……リナ」


カイルはその名前を繰り返した。


「はい」


「そうなんだ」


カイルは穏やかに答えた。


その言葉に、ルシアは少しだけ驚いたようだった。


もっと問い詰められると思っていたのかもしれない。


けれど。


カイルは何も聞かなかった。


「昨日は驚かせてしまったね」


「……いえ」


「急に追いかけて、ごめん」


ルシアは黙った。


カイルは、少しだけ笑った。


「怖かったよね」


「……驚きました」


その答えに、カイルは小さく頷いた。


「うん。そうだよね」


ルシアは、以前と変わらず優しい。


きっと。


カイルが困らないように。


自分が彼の人生の邪魔にならないように。


だから、別人を名乗っている。


そんなことまで、カイルには分かっていた。


だからこそ。


「この町に住んでいるの?」


「……はい」


「そうなんだ」


「はい」


カイルは、それ以上尋ねなかった。


ルシアは少し不思議そうにカイルを見る。


「……他に、何か?」


「ううん」


カイルは首を横に振った。


「何も」


「……そうですか」


少し間があった。


そしてルシアは、小さく頭を下げた。


「それでは、失礼します」


カイルの横を通り過ぎようとする。


その時。


「リナ」


呼び止めると、彼女の足が止まった。


「……なんでしょうか」


「昨日のこと、本当にごめん」


「……もう、お気になさらないでください」


ルシアはそう言った。


その声を聞きながら、カイルは小さく頷く。


「分かった」


ルシアは、少しだけ安心したように歩き出した。


カイルは、その背中を追いかけなかった。


――理由は分かっている。


ルシアは、自分を守るために逃げた。


そして。


今も、自分のためにルシアではないふりをしている。


だから。


無理に「違う」とは言わない。


無理に、昔へ引き戻すこともしない。


けれど。


カイルは静かに、離れていく彼女を見つめた。


もう一度会えた。


それだけで、今は十分だった。


だから。


「……また会えるといいね、リナ」


小さく呟いた。


遠ざかる彼女の背中が。


ほんの少しだけ、揺れた気がした。

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