隣国の姫君
隣国の一行が城に滞在している間、カイルは何度か姫と顔を合わせていた。
カイルの態度は、いつもと変わらなかった。
王子として必要な礼儀はきちんと守りながらも、堅苦しくなりすぎることはない。
いつもの穏やかな口調で、姫と話していた。
「この国には、もう慣れましたか?」
「はい。皆さん、とても親切にしてくださるので」
「それならよかった」
姫はカイルの話を楽しそうに聞き、時折笑う。
カイルも普段と変わらない穏やかな表情をしていた。
ルシアも仕事の途中で何度か姫と顔を合わせた。
使用人にも丁寧に接する姫。
何かをしてもらえば、きちんとお礼を言う。
ルシアが廊下で書類を落としたときには、一緒に拾ってくれた。
「ありがとうございます」
「いえ。お仕事、大変そうですね」
「そうですね。でも、もう慣れてきました」
「それならよかったです」
姫は優しく微笑んだ。
ルシアも笑顔を返す。
姫と別れたあと、ルシアは一人で廊下を歩きながら思った。
――いい人だな。
その気持ちは、カイルには話さなかった。
自分の中にそっとしまっておく。
数日後。
隣国の一行が帰国する日がやってきた。
城の前には馬車が用意され、見送りのために王族や使用人たちが集まっている。
カイルも王族として、その場に立っていた。
姫がカイルの前で立ち止まる。
「滞在中はありがとうございました」
「こちらこそ。来てくれてありがとう」
「またお会いできると嬉しいです」
「うん。気をつけて帰ってください」
姫は微笑んで頭を下げる。
「カイル殿下も、お元気で」
「ありがとう」
姫が馬車へ乗り込む。
やがて馬車がゆっくりと動き始めた。
カイルはその姿を見送り、最後まで王子として落ち着いた表情をしていた。
少し離れたところにいたルシアも、静かに馬車を見送る。
やがて馬車が見えなくなると、城の中も少しずついつもの空気に戻っていった。
その日の夕方。
ルシアが中庭へ行くと、カイルはいつもの木の下にいた。
「カイル様」
「ルシア。お疲れさま」
「ありがとうございます」
ルシアはカイルの隣に座った。
しばらく、二人とも何も話さなかった。
隣国の姫は帰った。
けれど、婚約の話まで消えたわけではない。
それでも今は、いつもの中庭に二人でいられる。
ルシアは隣にいるカイルを見た。
そして心の中で、静かに思う。
――私は、カイル様と一緒にいたい。
その気持ちは、変わっていなかった。




