ここだけは変わらない
その日の夕方。
仕事を終えたルシアは、いつものように中庭へ向かった。
カイルはすでに木の下にいて、本を読んでいる。
「カイル様」
「ルシア。お疲れさま」
「ありがとうございます」
ルシアが隣に座ると、カイルは本を閉じた。
しばらく二人で、何も話さずに過ごす。
婚約の話をした翌日なのに、ここだけはいつもと変わらない。
風が吹き、木の葉が揺れる。
やがてルシアが小さく笑った。
「なんだか、不思議ですね」
「何が?」
「昨日はあんなに大きな話をしたのに、ここに来るといつも通りです」
「……僕も思ってた」
カイルも笑う。
「だから、この時間は変えたくないんだと思う」
ルシアはカイルを見る。
「この中庭も?」
「うん。それも」
少し間を置いて、カイルは続けた。
「ここでルシアと話す時間も」
ルシアは嬉しそうに微笑んだ。
「私も好きです。この時間」
「うん」
二人はまた黙って中庭を眺めた。
けれど、しばらくするとカイルがふと口を開く。
「そういえば、父上からもう一つ言われてた」
「何ですか?」
「近いうちに、正式に話し合う場を設けるそうだよ」
ルシアの表情が少しだけ真剣になる。
「隣国の方と会うんですか?」
「うん。僕だけじゃなくて、王族として話をすることになると思う」
「……そうなんですね」
「だから、少し忙しくなるかもしれない」
「分かりました」
ルシアは頷いた。
そして、少し考えてから笑った。
「でも、中庭に来る時間はありますよね?」
カイルは一瞬驚いたように目を瞬かせる。
それから、穏やかに笑った。
「もちろん」
「よかったです」
「それだけ?」
「はい。それが大事なので」
カイルは小さく笑った。
「じゃあ、絶対に来るよ」
「約束ですよ」
「うん。約束」
二人はいつものように笑い合った。
大きな問題を抱えていても、この場所にいる間だけは、今までと変わらない。
そのことが、カイルには何より嬉しかった。




