不安
それから数日。
ルシアは、カイルの態度に小さな変化を感じていた。
けれど、それはいつでもというわけではなかった。
仕事中、廊下ですれ違う時や、ほかの侍女や従者が近くにいる時。
以前なら自然に声をかけてくれたカイルが、少しだけ距離を取るようになった。
「お疲れさまです、カイル様」
「うん。お疲れさま」
それだけ。
足を止めることもなく、そのまま通り過ぎていく。
ルシアはその背中を見送った。
「……やっぱり、気のせいじゃないのかな」
けれど。
二人きりになった時は、以前と何も変わらなかった。
その日の夕方、誰もいない廊下で偶然二人きりになると、カイルはいつもの穏やかな笑顔を見せた。
「今日は忙しかった?」
「はい。少しだけ。でも、もう終わりました」
「それならよかった」
「カイル様は?」
「僕はいつも通りだよ」
そんな何気ない会話。
声も、表情も、いつものカイルだった。
だからこそ、ルシアは余計に不思議だった。
――人がいる時だけ、距離を置かれている。
ふと、以前聞いた言葉が頭をよぎる。
最近、二人が親しくしているという噂。
「……もしかして」
ルシアは考え込む。
噂のせいなのだろうか。
もしそうなら、カイルが慎重になるのも分かる。
けれど、確かめる勇気はまだなかった。
その時、カイルが黙って窓の外を見ていることに気づいた。
「カイル様?」
「……」
一瞬、カイルは何かを考えているようだった。
けれどルシアに呼ばれると、すぐにいつもの柔らかな表情に戻る。
「ん? どうしたの?」
「いえ……何でもないです」
ルシアは小さく笑った。
「最近、少し考え事が多いのかなって」
「そう見える?」
「少しだけ」
カイルは困ったように笑った。
「そうかもしれないね」
それ以上は言わなかった。
ルシアも聞かなかった。
ただ、その横顔を見ながら思う。
――何を考えているんだろう。
その夜。
カイルは一人で書斎にいた。
机の上には、王族としての今後に関わる書類が置かれている。
けれど、視線はそこに向いていなかった。
考えているのは、ルシアとの未来だった。
周囲の目。
王族としての立場。
そして、先ほど見たルシアの表情。
最近、自分が人前で距離を置くたび、彼女が少し寂しそうにしていることにも気づいていた。
本当は、そんなことをしたくない。
ルシアと離れたいわけではない。
むしろ、その逆だった。
「……手放すつもりなんて、ないんだけどね」
静かな部屋に、カイルの声が落ちる。
自分だけが我慢すれば済む問題ではない。
ルシアを守りたい。
そして、ただ隠れて会うだけではなく――
いつか二人が何も気にせず、一緒にいられる未来にしたい。
そのためには、自分が逃げていてはいけない。
カイルはしばらく考えたあと、ゆっくりと立ち上がった。
「父上に話そう」
まだ何も決まっていない。
反対されるかもしれない。
簡単なことではない。
それでも。
ルシアとの未来を諦めるためではなく、二人で幸せになるために。
カイルは、自分の気持ちを父である王に伝えることを決めた。
その頃。
ルシアは自分の部屋で、昼間のカイルを思い出していた。
人前では少し遠くて。
二人きりになると、いつものカイル。
「……やっぱり、噂のせいなのかな」
まだ確信はない。
それでも、いつかカイルに聞いてみよう。
そう思いながら、ルシアは静かに目を閉じた。
そして数日後。
久しぶりに二人が中庭で顔を合わせることになる。
そこで、二人は初めて――
最近の噂について、ゆっくり話すことになる。




