贈り物
朝。
ルシアはカイルの公務に付き添うため、いつもより早く準備をしていた。
今日は城下町にある施設を訪問する予定だった。
専属侍女になってから、こうしてカイルの公務に同行するのは初めてだった。
「カイル様、こちらを」
「ありがとう」
出発前、ルシアが必要な書類を確認する。
「これで全部です」
「うん。ルシアがいてくれると助かるね」
「専属侍女ですから」
そう言って笑うルシアを見て、カイルも穏やかに笑った。
城を出ると、カイルは公務中の第二王子として振る舞う。
訪問先では施設の説明を聞き、関係者と話をし、いくつかの確認をしていく。
ルシアは少し離れたところで待機しながら、その様子を見ていた。
いつも中庭で本を読んでいるカイルとは、まるで別人のようだった。
公務を終えた頃には、もう夕方近くになっていた。
帰りの馬車へ向かう途中、カイルがルシアに声をかける。
「ルシア」
「はい?」
「少しだけ町を歩いて帰らない?」
「え?」
「今日はもう公務も終わったし」
カイルは少しだけ周囲を確認する。
「人目があるから、お忍びでね」
「……いいんですか?」
「うん」
二人は身分がわからないよう簡素な服装に着替え、町へ出た。
夕方の城下町は賑やかだった。
露店から甘い香りが漂い、通りには仕事帰りの人たちが行き交っている。
「こうして町を歩くの、久しぶりです」
ルシアが楽しそうに辺りを見回す。
「そう?」
「はい。お城とは全然違いますね」
二人で並んで歩いていると、ルシアがふと足を止めた。
小さなアクセサリー店の前だった。
店先に並べられた品々の中に、一つのネックレスがある。
細いチェーンに、小さな石が一つだけついたシンプルなものだった。
ルシアはガラス越しにじっと眺める。
「……かわいい」
「気に入った?」
「はい。でも……」
ルシアは少し笑って、首を横に振った。
「見るだけです」
「そっか」
「行きましょう、カイル様」
「うん」
歩き出したルシアは、もうネックレスのことを口にしなかった。
けれどカイルは、店の前を通り過ぎながら、もう一度だけ振り返った。
そして――。
ルシアには見えないように、そっと店の場所を覚えた。
町を歩いたあと、二人は馬車へ戻った。
ルシアは今日一日のことを楽しそうに話している。
「公務も見られて、そのあと町まで歩けて……今日は楽しかったです」
「僕も」
カイルはそう答えながら、上着の内側に手を入れる。
そこには、小さな箱が入っていた。
先ほどの店で、ルシアに気づかれないように買ったものだった。
馬車が城へ近づく。
ルシアが窓の外を眺めていると、カイルが声をかけた。
「ルシア」
「はい?」
「これ」
差し出された小さな箱。
「……?」
ルシアが受け取る。
「開けてみて」
言われるまま蓋を開けた瞬間、ルシアの目が大きくなる。
中に入っていたのは、さっき町で見ていたネックレスだった。
「……これ……」
「うん」
「どうして……?」
「欲しそうに見てたから」
ルシアはネックレスとカイルを交互に見る。
「でも、私……買うとは言ってませんよ?」
「知ってる」
「それなのに……」
カイルは少し笑った。
「だから僕が買った」
ルシアはしばらく何も言えなかった。
そして、大切そうにネックレスを箱から取り出す。
「……ありがとうございます、カイル様」
「気に入った?」
「はい……すごく」
嬉しそうに笑うルシアを見て、カイルも静かに笑った。
「よかった」
馬車の中には、穏やかな空気が流れていた。
ルシアは何度もネックレスを眺めながら、今日の公務の疲れも忘れたように嬉しそうにしていた。




