特別な存在
夕方の中庭。
いつもの木の下で、カイルとルシアは並んで座っていた。
カイルは本を開いている。
ルシアはその隣で、今日あった仕事のことをぽつぽつと話していた。
「今日、厨房の人が新しいお菓子を作ってくれたんです」
「へえ。美味しかった?」
「はい。でも、ちょっと甘すぎました」
「ルシアは甘いもの好きなのに?」
「好きですけど、あれはちょっとだけ……」
ルシアが笑う。
カイルも小さく笑った。
そんな時間が、二人の間ではすっかり当たり前になっていた。
けれど最近、ルシアは少しだけ不思議に思っていた。
カイルと話していると、時間が過ぎるのが早い。
仕事が忙しい日でも、ここへ来ると気持ちが軽くなる。
カイルが本を読んでいるだけでも、なぜか安心する。
そして――。
「カイル様」
「うん?」
「私、ここに来るの、好きです」
カイルが本から顔を上げた。
「中庭が好き?」
「それもありますけど……」
ルシアは少し考える。
「カイル様と一緒にいるのが、好きなんだと思います」
言ったあと、自分で頬が熱くなるのを感じた。
カイルも黙ってルシアを見ている。
「……そうなんだ」
「はい」
「僕も、ルシアといるの好きだよ」
いつもの穏やかな声だった。
けれど、その言葉がいつもより近く感じられた。
ルシアは少しだけ視線を落とす。
胸が、いつもより速くなる。
今までだって、カイルと一緒にいるのは楽しかった。
でも今は、それだけではない気がする。
カイルに会えると嬉しい。
声を聞くと安心する。
自分を見つけて笑ってくれると、もっと嬉しくなる。
そして――。
会えない日は、少し寂しい。
「……私」
ルシアが小さく呟く。
「最近、カイル様に会えるのを楽しみにしてるみたいです」
カイルはしばらく黙っていた。
それから、優しく笑った。
「僕もだよ」
その一言だけで、ルシアの胸がまた温かくなる。
二人はしばらく並んで座っていた。
触れそうで触れない距離。
それでも以前より、ずっと近く感じる。
カイルは本を閉じた。
「ルシア」
「はい?」
「これからも、ここで一緒に過ごしてくれる?」
ルシアは迷わず頷いた。
「もちろんです」
その答えを聞いて、カイルは嬉しそうに笑った。
その日から二人にとって、中庭で過ごす時間はただの休憩ではなくなった。
会いたいと思って会う。
一緒にいたいと思って、一緒にいる。
二人はまだ、その気持ちに名前をつけてはいなかった。
けれど――。
もう、お互いが特別な存在になっていることだけは、二人とも気づき始めていた。




