引っかかり
翌日の午後。
カイルは公務を終え、自室へ戻る廊下をゆっくり歩いていた。
いつもなら、そのまま中庭へ向かうところだった。
けれど今日は、少しだけ足を止める。
――ルシアは、今どこにいるだろう。
ふと浮かんだ考えに、カイル自身が驚いた。
「……僕、何を考えてるんだろう」
昨日も一緒に過ごしたばかりなのに。
今日も会いたいと思っている。
そう思いながら歩いていると、廊下の先からルシアの姿が見えた。
何人かの侍女たちと一緒に、仕事の話をしている。
ルシアは楽しそうに笑っていた。
その笑顔を見て、カイルも自然と微笑む。
けれど。
隣にいた若い侍従がルシアに何かを話しかけると、ルシアはまた嬉しそうに笑った。
カイルはなぜか、その場からすぐに動けなかった。
胸の奥に、ほんの小さな引っかかりが生まれる。
――なんだろう。
別に、何も悪いことではない。
ルシアが誰かと話すのは当たり前だ。
それなのに。
「……なんだか、寂しいな」
ぽつりと呟いて、自分でまた驚いた。
そんな感情を抱く理由が分からない。
カイルはそのまま自室へ戻った。
机の上には、読もうと思っていた本が置いてある。
いつものように椅子へ座り、本を開く。
けれど、文字が頭に入ってこない。
気がつけば、さっき見たルシアの笑顔を思い出している。
「……困ったな」
本を閉じる。
今までなら、一人でいる時間は心地よかった。
静かな場所で本を読んでいれば、それだけで満足だった。
なのに最近は違う。
誰かと話したいと思う。
一緒に笑いたいと思う。
そして、その「誰か」はいつも同じだった。
「ルシア……」
名前を口にした瞬間、胸の奥が少しだけ温かくなる。
カイルは窓の外を眺めた。
もう一度、自分の気持ちを考えてみる。
会えると嬉しい。
笑っていると嬉しい。
そばにいると落ち着く。
そして、誰かと楽しそうにしていると、少し寂しい。
「……僕は、ルシアのことを」
そこまで言って、カイルは言葉を止めた。
まだ、その先の言葉を口にする勇気はなかった。
ただ一つだけ、はっきりしていることがある。
ルシアはもう、ただの大切な友人でも、城で気になる侍女でもない。
いつの間にか、自分の心の中で特別な場所を占めるようになっていた。
その日の夕方。
カイルが中庭へ向かうと、そこにはルシアがいた。
カイルに気づいたルシアが、ぱっと笑う。
「カイル様」
その声を聞いただけで、さっきまで胸にあった小さな寂しさが消えていく。
「……来てたんだね」
「はい。カイル様も来るかなって」
その言葉に、カイルは少しだけ目を細めた。
「そっか」
それ以上は言わず、いつもの木の下に腰を下ろす。
ルシアも隣に座った。
何気ない一日。
特別な出来事なんて何もない。
それでもカイルは思った。
――やっぱり、ここにルシアがいるのが好きだ。
そして今度は、その気持ちを否定しようとは思わなかった。




