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その人は

ルシアは頭を下げたまま、第二王子殿下を迎えようとした。


けれど――


ふと顔を上げた瞬間。


「…………」


息が止まった。


目の前に立っている青年。


王族らしい礼服を身につけ、侍従を従えている。


その姿は、いつも中庭で見ていた姿とはまるで違う。


けれど。


顔を見れば分かる。


穏やかな目。


柔らかな表情。


聞き慣れた声。


――カイルさん。

ルシアの頭の中が真っ白になる。


どうして。


なぜ。


目の前に、カイルがいるの?


そのとき、カイルもルシアに気づいた。


「…………」


カイルの表情が止まる。


こちらを見つめているルシア。


まさか、ここにいるとは思っていなかった。


二人は何も言えないまま見つめ合う。


ほんの数秒。


けれど、二人にとってはとても長く感じられた。


やがてカイルが、困ったように小さく苦笑する。


そして、いつもの声で。


「……おはよう、ルシア」


ルシアの肩がぴくっと揺れた。


やっぱり。


声まで同じ。


間違いない。


目の前にいるのは、いつも中庭で会っていたカイルだった。


けれど今は――


「第二王子殿下」。


ルシアは混乱したまま、どうにか返事をする。


「……お、おはようございます……」


声が震えた。


それ以上、何も言えなかった。


カイルも何も言わない。


ただ、ルシアを静かに見ている。


ルシアは視線を落とした。


今までのことが頭の中を一気に駆け巡る。


一緒に庭の手入れをしたこと。


中庭で話したこと。


交換日記。


全部、目の前の第二王子殿下と同じ人だった。


けれど、今ここでどう接すればいいのか分からない。


ルシアは静かに一礼した。


そして、そのまま食事の間から出ていった。

扉が静かに閉まる。


カイルはしばらく、その扉を見つめていた。


いつもなら、ルシアがいなくなった後も本を読んでいればいい。


けれど今日は――


本を開く気には、なれなかった。

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