第98話 王の首
ディラード王子との会談がはじまった。バナンザとの交渉は密談って感じだが、流石に一国の王子が相手となると様相が異なる。
無駄に広い部屋にちょこんとある円卓、そこに俺とディラード王子だけが座る。ディラード王子側にはダントンと昨日見た兵士数人、あとは文官が数名だ。対抗するわけではないが、俺側にも人を並べている。ピエール、ルイ、イザベラ、ファンガ、そしてルーマ傭兵団だ。交渉団って感じではないな。見事に全員が護衛だ。せめて、レンを連れてくれば良かったか。
「傭兵像を跪かせたと聞いたが」
「いや、そういうんではないんだが……」
本題に入る前にアイゼンゾルドナーの話題に触れられた。王子の表情に嫌悪感のようなものはなく、ただ驚きが浮かんでいる。傷をつけられたことに対する遺恨はないようだ。
「うまく契約を更新できたみたいだ。なので、連れて帰ろうと思うが構わないか?」
「是非、そうしてくれ。我々にはどうにもできん」
まぁ、それはそうか。指示も聞かず、宝物庫に居座るだけの彫像。邪魔なだけだな。
無事、貰い受ける許可も得られたということで、本題に入る。と言っても、この場では難しいことは決めるつもりはない。
「つまり、その同盟に加盟すれば、ハリム王国のまま存続を許すと」
「まぁ、同盟加盟の席で何か言われる可能性はあるが、俺からの要求はそんなものだな」
今回、俺から出した要求は以下
・ディラード王子が王となること
・エステラ侵攻軍の引き上げ
・ハリム王国はアラヤ・ノルスル・エステラの同盟に加盟すること
・ハリム王国はエステラ魔法国に謝罪し、請求された賠償を受け入れること
・侵略で得たエステラ魔法国の領地を返還すること
ネックなのは賠償金だろうか。王宮が陥ちたとはいえ、エステラ方面には多数の兵がいるのだ。現時点でハリム王は逃げ延びている。まだ負けていないと考える者もいるはずだ。
とはいえ、この会談に連れてきたのは王子に賛同する者たちだろうから、要求した内容に大きな反発はなかった。とはいえ、すんなりと受け入れられたわけではない。
「大筋に異存はない。が、賠償額によっては受け入れかねるが」
現時点で賠償額が決まっていないことだけがネックのようだ。事前にエステラの国王と交渉しておくべきだったかな。
とはいえ、ディラード王子にハリムを任せようと思ったのは昨日のこと。それ以前はどうするか決めかねていたから仕方がない。
「もし、あちらが過剰な要求をするようなら俺とノルスルで仲裁に入ろう」
一応、エステラにはそれなりに貸しがある。俺が仲裁すればある程度は妥協してくれるだろう。妥当な賠償額についてはバナンザに判断してもらえばいい。たぶん、どうにかなる。
ディラード王子は少しの間、俺をじっと見たあと、頷いた。
「わかった。そういうことならば受け入れよう。もう一点、気になるのは侵攻軍への引き上げ指示だ。指示を出すことは可能だが、それに全員が従うとは限らないが、構わないか?」
「王になっても無理なのか?」
「父が生きている現状、そもそも王位交代を認めない者もいるだろうからな」
王宮を押さえているので、王位継承の儀式は執り行えるらしいが、それを認めるかどうかは別の話。侵攻軍の中には王の信奉者も多いので、王が生きている限り、容易には従わない。王が合流したならなおさらだ、ということらしい。
「そうか。まぁ、そのときは、ハリムとは独立した勢力として討つしかないな」
「そうならないことを祈るよ」
ディラード王子としては悲しげに首を振った。そうなった場合、先王ブリジステッドの勢力が生き残るとは思っていないようだ。
まぁ、こちらも負けるとは思っていない。輜重隊相手にやったように、魔剣と転移による奇襲で兵を少しずつ削っていくつもりだ。そんな状況が続けば、先王を見放す者も出てくるだろう。
まぁ、そもそも、その先王が生きているかどうかも怪しいんだが。
「た、大変です!」
そんなとき、会談の場に兵が駆け込んできた。護衛の責任者らしき男性が怒鳴って退室を促すが、それでも兵は引き下がらない。よほどのことらしい。
これは、もしかして……?
「どうした?」
ディラード王子も、兵の様子からただならぬことが起きたと察したようだ。こちらに目線で確認をとってから、兵に声をかける。
「さ、先程、怪しげな傭兵が城門前に現れまして! 王の首を取ったと」
「なんだと!」
ディラード王子が声を荒らげる。彼らにとっては青天の霹靂というところだろう。一方、俺はやはりかという思いだった。権限保有者がいないというシステム通知。あれはハリム王が死んでいることを示していたのだ。
「もしやケント殿が?」
驚いていない俺に、ディラード王子がまさかという顔を見せる。
「いや、俺じゃないぞ。ただ、アイゼンゾルドナー、例の傭兵像と契約しなおせたので、そうではないかとは思っていたが」
「ああ……」
本当はシステム通知で知ったんだが、それを説明するのも面倒だ。幸い、アイゼンゾルドナーの契約上書きで元の召喚者が死んだという推測を立てたという主張で納得してもらえたようだ。
「で、その者は?」
「ひとまず捕らえております。ですが、その者は使者のようでして、首は金と引き換えだと」
金目当ての傭兵にやられたってことか。
国を乗っ取るうえで、旧支配者ほど邪魔なものはない。確実に死んだと示す、あるいは確認するために首を求めることはよくあることだ。下手人の傭兵も、それが念頭にあって、事に及んだのだろう。
実際、先王の首があれば、エステラ侵攻軍のほとんどはディラード王子に従うだろう。一部の者は余計に反発するかもしれないが、兵数はかなり減るはずだ。そういう意味では有効な取引かもしれないが……。
だが、俺たちの狙いは乗っ取りじゃなくて首の挿げ替えだ。先王の首を要求などしていないし、そうである以上、ディラード王子も金で先王の首を贖うような真似には応じないだろう。
協議の結果、取引には応じず、兵を派遣して首を奪還するということになった。脱出路の出口に当たる小屋の周辺を探ったところ、目的の傭兵団を発見。俺は参加していないが、ピエール、ファンガ、アブジンが協力して、これを殲滅したようだ。
遺体も奪還できたので、これから葬儀も行われる。そうなれば、エステラ侵攻軍も引き上げ命令に従うだろう。




