第96話 ハリム王の末路
佐々木 裕太 17歳 = ハリム王国 国王ブリジステッド
普段使われていない脱出路の空気は淀んでいる。明かりは先頭の兵がもつ松明のみのため、非常に薄暗い。
裕太に同行するのは騎士隊長に加えて、兵が十名。数名が先行して脱出路の安全を確認しているが、それを含めても二十名には足りない。
国王の護衛としては少数だが、大勢での移動はひと目につきやすい。獣人たちに足取りを掴ませないためにも、少数での移動のほうが都合が良いという事情があった。そのため、王妃や王子もそれぞれ分散して、エステラ侵攻軍の本拠地を目指すという事になっている。
だが、それもすべて建前。本音を言えば、裕太にとって自分以外の王族のことなどどうでもいいのだ。王位を次代につなぐという意識はない。
自分さえ生きていればいい。逆に、自分が死んでしまえば、そこでゲームオーバー。たとえ、その後にハリム王国が存続したところで意味がない。
ブリジステッドの記憶があるため、家族に対する情がないわけではない。だが、それすら裕太にとっては不快だった。
(自分と同い年の息子とか、冗談キツイぜ)
感情を後付けされたようで、違和感が拭えない。将兵の手前、彼らを粗略に扱うことはできないが、仮に今回の襲撃で命を落とそうと構わない。その程度の感覚だ。
特にディラードに関しては疎ましく思っている。政務に明るく、信望も厚い。後継者として見れば心強いが、政敵と見れば危険極まりない。意見が対立した際、ディラードを支持する者が出ないとも限らないのだ。ただでさえゲームと違って兵たちへの命令に気を使う必要があるというのに、これ以上の障害を抱え込みたくはない。
(この機会に死んでくれたらいいんだけどな)
アラヤ一家には散々な目に遭わされた。ならば、せめて少しくらい役に立って欲しいものだと、裕太は仄暗い感情を抱きながら脱出路を進む。
しばらくは、言葉もなく先を急いだが、ある程度距離を稼いだところで、騎士隊長が口を開いた。
「陛下、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「あの守護者のことです。いつの間に、あのような力を?」
騎士隊長が言及したのは、裕太が脱出路に入る直前に呼び出した防衛ユニット――アイゼンゾルドナーのことだった。
「あれか。あれは獣人どもの妖術について教えてくれた精霊が授けてくれた力のひとつだ」
「おお、そうでしたか!」
裕太は、システムによって与えられた能力を精霊の加護として説明している。そのため、騎士隊長はその言葉をすんなりと信じた。
「ですが、その……そのような力があるのなら、何故これまで温存していたのでしょうか?」
当然の疑問だ。裕太としても、使えるようなら使えたかったが、そう便利なものではないのだ。
「力には代償が必要、ということだ。あれを維持するには金がかかる。傭兵どもを百人単位で雇用するほうが安上がりだと思えるほどのな」
「なんと! それは、簡単には呼び出せませんな……」
「そうだな。だが、この度のように、敵が攻めてくるタイミングがわかっていれば、ごく短い間だけ呼び出して防衛に当たらせることができるわけだ」
実際、ゲームでもそういう運用がなされるユニットである。敵国に侵攻中、手薄となった本国を別の国に攻められた際に、防衛戦力として守らせるのだ。裕太もゲームにおいては、その戦術で幾度も危機をくぐり抜けてきた。今回は、焦りから頭から抜け落ちていたが。
「あの守護者がおれば、しばらくは追ってこれまい」
裕太はゲーム時代のアイゼンゾルドナーの性能を知っている。コストは重いが、防衛戦力としてはこれほど頼もしい存在はいない。守りは抜けないと自信をのぞかせた。
その様子に騎士隊長は安堵する。
守護者の力を知らない彼は、王の言葉ほどその戦力に期待していない。彼が安堵したのは別のことだ。王都を攻められたことで、ひどく動揺していた王。だが、ようやく落ち着きを取り戻したようだ。これならまだ戦える。
脱出路の先は、街から離れた小さな森の小屋。距離があるので、それなりに歩く。その行程もそろそろ終わりが見えてくるにつれ、騎士隊長の表情が険しくなっていった。
「待ち伏せの可能性があります」
「……なに?」
騎士隊長は、先行した兵に安全を確認したうえで戻るように指示していた。出口までの距離を考えれば、すでに出くわしていなければならない。となれば、何らかの理由で、兵は戻ることができなかったと見るべきだ。
緊迫した空気が流れる中、それでも一行は進むしかなかった。強力な守護者を置いてきたとは言え、追われる身だ。ここで後退は選べない。
ついに出口まで辿り着いたが、報告の兵と会うことはなかった。兵の一人が地上に至る梯子を登り、隠し板をゆっくり外す。
そして――物言わぬ骸となった同僚と目があった。
「あがっ!?」
悲鳴を上げる暇さえなく、首に刃を突き立てられる。致命傷を受けた兵の体が梯子から落下した。
「なぁっ!?」
「敵だ! 身構えよ!」
動揺する兵たちを、騎士隊長が叱咤する。その警告はわずかに遅かった。
「ぐはっ」
「あ……」
出入口から飛来した矢が、近くにいた数人の兵の命を奪う。
「はははは! やっぱり来たか! いった通りだったろ?」
「流石ですね、お頭!」
「馬鹿、今は団長……いや、お頭でいいのか?」
続けて数人の男たちが飛び降りてくる。身なりから判断すれば、傭兵だろうか。少なくとも獣人ではなかった。
「傭兵か! 私を誰だと思ってる!」
大方、山賊まがいの傭兵だろう。王家管理の小屋と知らずに立ち寄り、運悪く兵たちと鉢合わせになったのだと裕太は推測した。
傭兵ならば金で雇えば良い。それが裕太の認識だ。堂々と王と名乗り出れば、彼らもひれ伏し従うだろうと安易に考えた。質は悪そうだが、この場を切り抜けられればそれで良い。
だが、そう甘くはなかった。傭兵たちは兵を手にかけているのだ。たとえ、事故だとしても、普通なら厳しい処罰は免れない。ましてや、故意に襲ったのだとしたら――
「そりゃ、ハリムの王サマだろ? そうだよな?」
「なっ!? それを知っていながら、何故……!」
「はは、そんなの決まってるだろ。この状況だ。アンタの首はきっと高く売れるぜ!」
「馬鹿な……」
襲撃者たちは、エステラ侵攻に出遅れた傭兵団だった。予定した稼ぎが得られず、偶然見つけた森の小屋を拠点にこれからの方策を考えているところだった。
そんなとき、地下からハリムの兵たちが現れた。小屋を占拠する際に、管理していた老夫婦は殺している。それを咎められてはマズいと思い、咄嗟に兵たちを始末したのだ。
こうなってはあとには引けない。同時に、チャンスが転がってきたと男は考えた。察するにここは王家の非常通路だ。もし、王に逃げられれば攻め手としては大失態。なんとしても首を欲するだろう。
そして、狙い通り、王が現れた。彼らにとって、もはやその存在は大金の引き換え権でしかなかった。傅き、従うはずもない。
「陛下、お下がりください! 賊など、この私が切り捨てましょう!」
王を庇うように騎士隊長が前に立つ。
近衛隊は戦闘能力よりも王家への忠誠心に重きを置かれる集団だが、それでも騎士を束ねる立場ともなれば、有象無象の傭兵に遅れをとることはない。多少の人数差など覆すくらいの実力はある。
だが、騎士隊長は、その実力を発揮することはできなかった。矢で射られたのだ。警戒していなかった背後から。
「よくやった、お前ら!」
「へへへ、だったら分け前を弾んでくださいよ」
「わかってるよ」
傭兵たちも馬鹿ではない。王を守る護衛に真っ向から挑んで勝てるとは思っていなかった。そのため、あらかじめ、脱出路に仲間を潜ませていたのだ。
騎士隊長に続き、残る兵たちも次々と倒れていく。もはや、王を守る者は誰もいなかった。
「ま、待て! 金なら払う! お前たちが見たこともないような金を! だから、私に雇われるといい!」
「で、その金はどこにある? 王宮だろう?」
「それは……!」
男の指摘に、裕太は言葉を詰まらせる。
そして、男にとってはその態度で十分だった。これ以上喋らせるのも面倒だという態度で、剣を振り――
(嘘だろ……こんな終わり、かよ……!)
裕太の意識はそこで途絶えた。




