第95話 戦いが終わって
レンに大規模治癒魔法によって、ディラード王子は一命をとりとめた。ついでに、負傷兵なんかも癒してしまったらしい。女神の奇跡だ何だと、わりと大騒ぎになってしまった。
また、新たな女神信者が生まれてしまったか……と思ったが、ふと気づいた。彼らはフィクスのことを知らない。たぶん、別の女神と勘違いしているな。
この世界で女神といえば、ルーンソフィという光の神のことを指す。おそらく、彼らは俺やレンのことをルーンソフィから加護を授かった存在と勘違いしている。まったくの勘違いなのだが……まぁ、自分から名乗ったわけではないので、そのままにしておくか。下手に言い訳すると、それこそフィクス教徒が増えてしまいかねない。
「殿下を救っていただき、ありがとうございます」
隊長っぽい男性が、深々と頭を下げた。やはりディラード王子は慕われているらしい。
「いえ、助けられてよかった。傷は癒えているので、じきに目を覚ますと思いますよ」
治癒魔法は傷を癒すが、強制的に意識を覚醒させたりはしないらしい。王子は気を失ったままである。まぁ、今は真夜中だし、ちょうどいいんじゃないかね。朝になったら目を覚ますだろう。
さて、ハリム王には逃げられてしまったが、本拠地である王宮は押さえた。一応、目標は達成したと考えてよいだろう。味方に死者はいない。負傷者はいたが、レンのあれで一緒に回復したので問題なし。うん、十分な成果だな。
というか、眠い。走ったり、魔法を使ったりと疲れているからな。
「一旦、帰るか……」
「か、帰るのですか?」
呟くと、隊長が目を丸くして驚いた。そんなにおかしなことを言ったか?
「真夜中ですからね。帰って寝ます」
「は? え?」
これほどわかりやすい理由もないだろうに、隊長は理解不能というように目を白黒させる。そして、助けを求めるように、他のメンバーに視線をやった。
「ケント様。今後の統治などを気にしているのでは?」
ピエールが助け舟を出すと、隊長は大げさに何度も頷く。
ああ、そりゃ気になるよな。いかん、眠くて頭が回ってないっぽい。
「基本的にはディラード王子に任せる予定なので、彼が目覚めたらまた改めて」
「ディラード殿下に任せる、と? 自ら王になるのではないので?」
直接統治?
いやだよ、面倒くさい。そういうのは、やる気と才能がある人に任せるべきだ。
「我々は我々の安全を確保するために立ち上がりましたが、ハリムを支配したいわけではありません。とはいえ、平和のためにいくつか条件を飲んでもらう必要はありますが。大方針としてはエステラとの戦争停止。領土返還と賠償をしてもらうことになるでしょう。とはいえ、あちらにはまだ兵がいますからね。それも王子との相談次第ですね」
「そうですか」
隊長はあからさまにホッとした様子を見せた。ハリム王国が消えるわけではないと知って、安心したのだろう。
「旦那、ハリム王は追わなくていいのか?」
ファンガが脱出路の前にしゃがみこんで聞いてくる。
「うーん」
それがあったか。いや、忘れていたわけではないが、あまり考えたくなかったんだよなぁ。
「今さら追ってもな。こっちは人手が足りない。追跡は無理じゃないか?」
「まぁ、そうかもな」
王子の治療もあり、時間が経ちすぎている。王たちはすでに王都から脱しているだろう。こちらは少数、さらに土地勘は向こうにある。追跡するのは難しいだろう。目的地はわかっているわけだし、無理をする必要はないんじゃないだろうか。
それに、ホームオブジェクトを奪取したときのシステム通知が気になっている。“権限保有者が存在しません”だったか。普通に考えれば、“プレイヤー”であるハリム王が権限保有者のはずだ。それが不在ということはもしや……?
まぁ、今は難しいことは考えたくない。危険や得られる成果も勘案して、追手は出さないことにした。
というわけで、レンと一緒にアラヤ村に戻る。残りのメンバーは、王が戻ってくる可能性に備えて、王宮に残った。面倒な役目を押し付けたようで申し訳ないが、慣れないことの連続でそろそろ限界だ。さっさと眠って疲れを取りたい。
「ふぅ……やっと終わった」
「お疲れ様でした。もうそろそろ、夜が明けそうですね」
「げ、マジか」
レンに言われて空を見ると、たしかに空が白みはじめている。結局、夜中かかってしまったな。まぁ、一日で城を陥とせたんだから上出来なんだが。
ともかく、眠い。ファンガたちには悪いが、数時間ほど寝させてもらおう。そう思って、家に入ったところ、気配を察したのかちょうどピコが目を覚ました。
「——ケント?」
「ああ、ごめん。起こしてしまったか」
「ケントだ! おかえり!」
目をこすって眠そうにしていたピコが、急に立ち上がり、勢いよく抱きついてくる。まだ起きるには早い時間だと思うんだが……この分だと、すっかり目が覚めてしまっただろうな。
「ただいま」
「ケント、もういいの? お仕事、終わった?」
「うん? ああ、そうだな。とりあえず、終わったぞ」
だから、少し眠らせてくれ。そう続けようとした言葉は、口から吐き出されることはなかった。ピコの笑顔に屈したからである。
「やった! じゃあ、シャボン玉だ!」
「あ、ああ。そうだな、約束だからな。ただ……もう少し、あとからじゃダメか?」
「……シャボン玉、できない?」
「う……!」
その寂しそうな表情は反則だろう。
でも、そうだよな。約束したからな。
俺は、ピコの親として彼女に寂しい想いをさせないようにと誓った。完璧に実行するのは難しいだろうが、それでもできる限りでは果たさないと。
「よし、やるか!」
「やった! シャボン玉!」
抱き上げて宣言すると、ピコは嬉しそうにキャッキャと笑った。
「先輩は、ピコちゃんに甘いですねぇ」
「まぁ、いいだろ。たまにはな」
レンは苦笑いしているが、普段なかなか時間がとれないのだから仕方がない。それに、いやいややるわけではなしな。ピコの笑顔は俺にとっても報酬だ。このために頑張ったと言っても過言ではない。
正直、ウォーゲームとか、世界統一とかに興味はない。何事もなく過ごせればそれでいいのだ。
しかし、これからも戦乱の世は加速していく。“プレイヤー”の俺は否応なく巻き込まれることになるだろう。身を守るためには、積極的に動かざるを得ない。
まぁ、その行動がピコの笑顔を守ることにつながるのだ。頑張ろう。




