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第94話 女神の力を使う男

 よし、うまくいった!

 傭兵像は!?


 システム通知でホームオブジェクトの権限奪取に成功したのはわかったが、それが直ちに傭兵像の消去につながるとは限らない。


 すぐに視線を前方に移す。そこには倒れ込んだままの傭兵像があった。


 げ、権限を奪取しただけでは消えないのか!


「すまん、作戦は失敗だ! みんな、警戒を——」

「いや、旦那。たぶん、うまくいってるぜ?」

「……なんだって?」


 ファンガに言われて、改めて傭兵像を観察する。そう言われれば、あれだけ暴れまわっていたというに、すっかり大人しくなった。というか、機能停止したのか?


 まぁ、大人しくなったら今はいい。


「それよりも王子を!」


 玉座のそばで倒れているディラード王子に駆け寄る。射られた腹からは血が流れていた。まだ息はあるが、意識はなく危険な状態だ。


「殿下!」

「宮廷医師を呼べ!」


 兵たちが慌ただしく動き出す。応急処置の心得のある者が王子の傷を見て、険しい顔をする。

 

「出血が激しい。傷が内臓まで及んでいるとしたら……」


 厳しい状況のようだ。たしかに、門外漢の俺から見ても、傷はかなり深いように見える。


 しかし、ここはファンタジー世界だ。治癒魔法で回復とはいかないのだろうか?


「治癒術師はいないのか?」

「……いるわけなかろう! いるならばとっくに手配している!」


 手当をしている兵に尋ねると、苛立たしげにそう返されてしまった。どうやら、この世界において治癒術師は貴重な存在のようだ。ゲームシステム的な事情だろうか?


 だったら、レンに頼んで治療してもらったほうが良さそうだな。ディラード王子は、話が通じそうな王族だ。ここで倒れてもらっては困る。


 王子を村に転移させるのは……難しいか。兵たちの心情もあるし、深手を負った王子を動かすのもよくないだろう。


 では、レンを連れてくるしかないな。転移用のスキルツリーはすべて伐採されたが、ここに新たに奪取したホームオブジェクトがある。帰還魔法の転移先にも登録されているので、ここに戻ってくることも可能だ。


「わかった。それなら、治療できる者を連れてくる。すぐに戻ってくるから、王子を動かさないようにしてくれ」

「何を――」


 兵が何か言っていたが、時間を惜しんでアラヤ村に転移した。幸い、レンはもしものときのために待機していたので、簡単に事情を説明して、再びハリムの王宮に転移した。



近衛騎士 視点


 勇猛果断なブリジステッド王と、その血を色濃く引きながら、文にも優れるディラード王子。お二人がいる限り、ハリム王国は安泰である。そう信じていたというのに、今、王国は滅びの危機にある。


 思えば、その兆しはあった。


 方針の対立により、陛下とディラード殿下の仲が険悪化。予定されていた立太子の儀を取りやめるという事態になった。


 だが、王のあとを継ぐにふさわしいのはディラード殿下しかいない。時を置けば陛下も冷静になられると、そのときは思っていた。


 しかし、その後、事態は急変する。エスエラ侵攻の停滞の影に、獣人たちの残党があった。烏合の衆の反撃など些細なものと笑っていられたのは、ごく短い間だけだ。すぐに、彼らへの対応に追われることになる。


 陛下が言うには、彼らは正体不明な力を使うという。おそらく、獣人たちにその力を授けたのが、このケントという男だ。


 黒い瞳に、黒い髪。珍しい風貌ではないが、怪しげな術を使うと聞けば、不吉の象徴とも思えてくる。


 このケントの介入によって、ハリムは苦境に立たされている。王都に攻め入られ、陛下を逃さなければならなくなった。そして、今、王子まで命を失おうとしている。


 ケントは王子の命を救おうとしているように見える。だが、それは本心だろうか。王を廃し、王子を自然な形で亡き者にして、王権を奪い取ろうとしているのではないか。そういった疑いは拭い去れない。


 いや、むしろそれが普通だ。我々は戦争をしているのだから。ハリムに恨みを持つ獣人をそそのかし、ハリムを乗っ取る。そのような策謀であったとしても、驚くには値しない。


 だが……王子に深手を負わせたのは、陛下の呼び出した守護者なのだ。これをケントの仕業と見るのは無理がある。


 いや、裏を考えるのはあとでいい。とにかく、王子を救わなければ。


 と、そのとき、ケントが驚くべきことをいい出した。


「治療できる者を連れてくる」


 そう言うや否や、ケントの姿が消えた。


 転移。そういう力があるという話は知っている。そして、獣人残党勢力が、その力を使っているという報告もあった。しかし、実際にその力を目の当たりにすると、大きな衝撃を受けざるをえない。


 そして、自覚する。畏怖の感情が芽生えはじめていることに。我々は敵に回してはならない者を敵にしてしまったのではないだろうか。


「心配するな。旦那はすぐに戻ってくる」


 隊長格と思われる獣人の男が、ざわめく兵たちに声をかける。我らが彼らにした仕打ちを考えれば、驚くほど穏やかな対応だ。


 怒りがないわけではないだろう。だが、それを自制できている。おそらく、今の生活に不満がないからだろう。ケントという男は、彼らにどういった待遇を与えたのか。


「治癒術師を連れてくると言っていたが……本当なのか?」


 疑うような発言は慎むべきだったかもしれない。それでも、思わず疑問が口についた。


 彼らは弱小勢力と聞く。実際、率いてきた兵も五十程度。そんな小勢が教会を敵に回し、治癒術師を自らの下に置くなど、できるはずがない。それができるなら、ハリム王国がとっくにやっている。


「うーん、治癒術師なぁ。よくは知らないが、あれはそういうのとは違う気がするが……まぁ、腕は確かだよ。王子サマは助かるだろうさ」


 獣人の答えは要領を得なかったが、それでも王子の治癒が叶うと確信しているようだ。


 ようやくやってきた宮廷医師が殿下の状態を見て、顔を青くしている。この様子から判断するに、やはり通常の治療は回復が難しいのだろう。こうなればケントが連れてくる治癒の使い手に希望を託すしかない。


「戻ったぞ。王子は無事だな。よし、レン頼む」

「はい、先輩」


 ほどなくして、ケントは一人の女性を連れて戻ってきた。フードをかぶって、姿を隠しているようだが、その隙間からわずかに長い耳が覗いた。


 あれは……エルフ!?

 まさか、獣人だけではなくエルフも従えているというのか!


 その後の出来事はまさに奇跡のようだった。エルフ女性が祈るような仕草で呪文を唱えると、殿下を中心とした一帯に淡い光が満ち、殿下の傷をたちどころに癒したのだ。


 いや、それどころではない。後日、部下たちの証言によってわかったことだが、獣人たちとの戦いで負傷した者の傷も癒えたというのだ。治癒効果の強さ、そして規模。いずれも私の知る治癒術とは別次元である。


 以前話したことがある教会の司教が、治癒術は神の奇跡を代行しているのだと言っていた。ゆえに彼らは自身らを神に近しい存在と位置づけている。


 それが事実ならば、このエルフ女性はなんだ。彼らよりもよほど神に近い存在ということにならないか。


 そして、その彼女を従えるこの男はいったいどのような存在なのか。思えば、この男自身、不思議な力をいくつも使いこなす。王子を害した守護者を無力化した際にも、女神の力で打ち消すと言っていた。であれば、彼の力は怪しげな術などではなく————

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