第90話 ハリム王の選択
佐々木 裕太 17歳 = ハリム王国 国王ブリジステッド
裕太は肘掛けをコツコツ鳴らしながら、玉座で報告を待った。周囲に居並ぶ兵たちは、王の苛立ちを敏感に感じ取り、緊張をにじませる。平時ならば、ブリジステッドの経験を持つ裕太は兵の緊張を察して、苛立ちを押し隠すことができたであろう。しかし、今はその余裕すらない。
数日前から、アラヤ一家による特殊オブジェクトによる侵略が止まった。これは裕太にとって想定外のことだった。
(このままジワジワと勢力圏を広げていくつもりだと思ったんだけどな。何が狙いだ?)
当初、片っ端からオブジェクトを切り倒せばいいと考えていた裕太だが、何度も近衛兵を失って戦略を切り替えた。敵は恐ろしい化け物を召喚できるらしい。だが、すべてのオブジェクトを守れるわけではないということはわかっている。現にいくつかのオブジェクトは伐採に成功した。ならば、ある程度支配地を広げさせ、全域の防御に手が回らなくなるまで戦力を温存すべきだ。そう考えて兵の派遣を取りやめた。
しかし、ここにきての侵略停止。敵の狙いを読み間違えればまたしても兵を失うことになる。
(アラヤの奴らも、これ以上支配地を増やしたところで維持できないと気づいたのかもな。じゃあ、次は何を狙うか。まさか!?)
裕太が思い至った可能性。それは、ホームオブジェクトの乗っ取りだ。
クロニクル・オブ・ロードではいくつかある支配地を失っても、本拠地さえ残っていれば敗北にはならない。しかし、本拠地を失えば即ゲームオーバーだ。理由は勢力の象徴たるホームオブジェクトを失えば、覇者の資格はないということらしい。
ゲームではホームオブジェクトをピンポイントで狙う手段はない。だが――
(アラヤの能力はゲームになかった要素だ。ホームオブジェクトの乗っ取りができないという保証はない)
さらにもう一つの可能性についても思い浮かぶ。
(まさか……俺の命を直接狙うってことは、ないよな?)
クロニクル・オブ・ロードでは英雄が討ち死にすることもあるが、元首だけは特殊な保護が働く。数ヶ月行動不能というペナルティはあるが、決して死ぬことはない。
しかし、ここはゲームではない。現実となったことで、システムに変更が加えられている。
(ユーリッド聖樹国の元首が交代したって通知があったよな。ゲームではないそんなことなかったのに……)
ゲームにはない元首交代。それが現実では認められている。裕太は今になって、その情報を軽視していたことを後悔した。
(ユーリッドでは何があったんだ? 穏便に元首の交代したんだろうか。それとも……)
頭によぎるのはクーデター。先代を亡き者にしてその座を奪ったのだとしたら——即ち、元首の保護はこの世界では働かないということだ。
(お、俺が狙われてるのか!? し、死んだら……どうなる?)
ここに至って、今まで考えないようにしていた疑問と向き合わざるを得なくなった。
死ねば元の世界に戻れるのだろうか。そうであって欲しい。しかし、試すわけにもいかない。もし違っていたら、決して取り返しがつかないのだから。
(し、死にたくない! なんで俺がこんな目に!)
今さらながら、裕太は呪った。対象は運命か、それとも無邪気に喜んでいた過去の自分か、自分でもよくわからない。絶望に押しつぶされそうになるが、それでもブリジステッドとしての経験が、彼の精神をどうにか支えた。
(嘆いている場合じゃない。動かなくては!)
王都を狙ってくると予想して対策をとったおかげで、敵方の特殊支配の通知を受けてから即座に動けた。玉座からアクセスできる勢力コマンドで、特殊オブジェクトの場所は特定できる。位置を示す光点が消えてることで、順調に破壊できることは確認できた。
(あとは“プレイヤー”さえ殺せば、ひとまずは安心だ。オブジェクトの設置が必要な能力なら直接乗り込んでくるはず。この機会に、必ず殺す……!)
裕太の強い殺意は表情に浮かび上がった。それが兵たちの緊張を否応なく高めるが、裕太は気づくことなく、入口の扉をただ睨みつける。
そこに、伝令の兵が飛び込んできた。兵の表情には焦りがあり、吉報でないことは聞くまでもなくわかる。
「何事か!」
「ほ、報告します! 城門前に敵が現れました!」
(くそ、肝心のプレイヤーは殺せなかったか! 王宮に来たってことは、狙いは俺か、ホームオブジェクトか。だが、密かに潜入したなら、数は少ないはずだ。だったら、防衛部隊で撃退できるはず)
「戦況はどうなっている」
「そ、それが……」
「さっさと言わんか!」
口ごもる伝令兵を、騎士隊長が叱責する。伝令兵は意を決したように口を開いた。
「敵が怪しげな術を使い、傭兵部隊は総崩れとなりました! そのうえ、謎の力を使い、防御柵を破壊しております。近衛隊が応戦していますが、長くは保たないと思われます!」
「馬鹿な!? 敵の数は!」
「五十ほどですが、あの力の前では多少の兵数差はどうにも……。おそらく、エステラ侵攻軍から報告があった『黒刃』ではないかと」
伝令兵の報告に、謁見の間は重々しい空気に包まれる。
実のところ、エステラに駐在する部隊から、凄まじい攻撃を放つ者が敵軍に存在するという報告は上がっていた。だが、あまりにも現実離れした内容だったので、まともにとりあってこなかったのだ。しかし、その脅威が現実に迫ってきたことで、彼らもその存在を受け入れざるを得なくなった。
(な、なんでだよ! おかしいだろ! どんなチートなんだよ!)
ゲームでは、兵数が重要な戦力の目安だった。地形や種族、相性などによって有利不利はあれど、兵数が倍以上あれば強引に押しつぶすことができる。だというのに、自分は何故追い込まれているのか。裕太はあまりの理不尽さに目眩がした。
(このままでは……俺、死ぬのか? いやだ、死にたくない!)
「そうだ、降伏だ! 降伏しよう!」
「へ、陛下、何を……?」
死を回避するために、裕太は王の仮面を捨てた。その変わりように、兵たちは戸惑う。
「だから、降伏だ! こ、こうなったら仕方がないだろ! し、死ぬよりはマシだ、そうだろ?」
「な、何を仰っているのですか!? 敵は獣人です! 彼らの目的は復讐。降伏したところで、命の保証はありませぬよ!」
「だ、大丈夫だ。アイツらのトップは“プレイヤー”だから。話せばわかる。わかる、はずだ!」
王は錯乱している。そう判断せざるをえなかった。
ただでさえ不利な状況で、肝心の王がこれでは戦えない。まずは、落ち着ける場所に退避して頂かなければ。騎士隊長の判断は早かった。
「陛下、降伏するのはまだ早かと。脱出路を使って王都を脱し、エステラへ向かいましょう。そこで軍と合流するのです」
「エ、エステラ侵攻軍か!」
騎士隊長の指摘で、裕太は冷静さを取り戻した。追い詰められて、視野狭窄になっていたことを自覚する。
(そうだ! あっちにはまだ多数の兵がある! まだ諦めるのは早い!)
“プレイヤー”との交渉は裕太としても博打だった。命乞いしたところで、相手がそれを認めてくれるとは限らないのだ。ならば、落ち延びて再起を図ったほうが良い。
希望が見えたことで、頭も働きはじめる。
(敵の黒刃……理不尽な強さ、ひょっとしたら『災厄の魔剣』か!)
それならば、兵がなすすべもなく敗れることも納得できる。同時に、その弱点も裕太は知っていた。
(魔剣は強いが、デメリットが大きい。奴らは勝手に自滅する。時間は俺の味方だ。エステラにいる軍と合流さえできれば……!)
裕太は、生き延びるために動きだした。
しかし――――




