第89話 王子の覚悟
「王子自ら人質になると?」
「そうだ。であれば、この者たちが短慮を起こさぬための多少の抑えにはなるだろう? だから、早まった真似は思いとどまって欲しい」
かすかに浮かべていた笑みを消して、王子が俺を見据える。まさか、兵士たちの命を救うために、わざわざこうしてやってきたのか? だとしたら、大した人物だな。王族として正しい行動かどうかはわからないが。
投降兵の中には王子の行動に心打たれた者も多いようだ。王からは疎まれているようだが、兵たちからの人気は高いらしい。さっきも姿を見せただけで、兵たちの士気が上がったしな。それだけに、人質にすれば、彼らへの抑えにはなりそうだ。
「人質になるなら、これから戦う兵へ投降を呼びかけるためにも利用させてもらうぞ?」
「それも自由にするがいい。私としてもこれ以上兵に犠牲が出ないなら好都合だ」
なるほど。そこまでの覚悟があるのか。王子はとにかく、犠牲者を抑えたいと考えているようだ。すでに、ハリムに勝ちはないと考えているのだろう。
「なかなか思い切ったな」
「上から見ていたからね。あの剣は反則だろう。軍隊同士のぶつかりあいならばともかく、王宮にまで攻め込まれた時点で我らの勝ちはないよ」
ああ、うん、なるほどね。魔剣、やっぱりチートだわ。
室内だと数で押すのも難しい。半端な数では魔剣の餌食だ。最終的に押し切られてしまうなら、早めに投降して犠牲を最小限にしようという魂胆か。
もちろん、王子の言葉を完全に信じ切るつもりはない。魔剣は強力だが、無敵になるわけじゃないからな。弓矢や罠では普通に死ぬ。王子が人質になることで、こちらの油断を誘う作戦かもしれない。
とはいえ、判断に苦慮していたところだ。罠にさえ気をつければ、王子を人質にする利は大きい。ここは提案に乗るべきだろう。
「わかった。提案を飲もう」
「ありがたい。そして、兵ら諸君。諸君も聞いていたと思うが、私は君たちの投降の証として人質となる。これ以上犠牲を出さないためだ。頼むぞ」
王子は自ら投降兵に呼びかけている。これで、ここの兵は無力化できたと考えていいだろう。
「それでは私も同行しましょう」
「ダントン、その申し出はありがたいが……」
王子が困ったような表情で視線を寄越す。まぁ、正直なところ、王子さえいれば、他に人質はいらない。数が増えればかえって邪魔だ。特にダントンはファンガとも対等に渡り合えるという話なので、連れて行くリスクのほうが大きい。
とはいえ、ダントンも王子が人質になると聞いて、どうぞいってらっしゃいとは言えんだろうからな。
「大人しくしているというなら、同行を認めよう」
「かたじけない」
まぁ、ピエールがいればどうにかなるだろ。
ディラード王子を伴って城内を進む。ところどころ火が灯されているが人のいない城は不気味だ。
「兵がいないな」
「残りの兵は父の守りを固めている。まぁ、哨戒の兵くらいはいるかもしれないけどね」
王子が肩を竦めながら、兵の居所を教えてくれる。聞いてもないのに積極的に情報を開示するのは、どういう意図だろうか。協力する姿勢を見せることで、できるだけ多くの兵の命を救おうという思惑はありそうだな。それ以外にも父王への反発があるのかもしれない。
「ディラード王子は、エステラへの侵攻をどう思ってるんだ?」
「この状況で聞くのかい? 率直な意見を聞きたいのならば、少々環境が良くないね」
王子が周囲を見回しながら、からかうように笑う。たしかに配慮に欠けていたか。周りは敵だらけ。この状況で正義は我らにある、なんて主張はしにくいわな。この王子なら気にせず言いそうな気がしたんだが。
「そう答えるってことは、戦争自体に反対しているわけではないのか?」
「はは。さっきのは一般論だよ。今回の侵攻に関してなら、私は明確に反対の立場だ。国を栄えさせる手段として、戦争を否定するつもりはないよ。しかし、今回のエステラ侵攻はその辺りのことが見えてこない。『アムレス部族』の集落を滅ぼしたこともそうだ。あんなことをして何になる。新たに不穏分子を生み出しただけではないか。現にこうして……!」
語りだしたら抑えが利かなくなったのか、ディラード王子の声に怒気が混じる。しかし、途中で感情的になっていることを自覚したらしい。ふっと息を吐き、苦笑いを浮かべた。
「すまない。少々熱くなってしまったようだ」
さっきのが本音なら、王子は相当憤懣が溜まっているようだな。あれが演技なら、かなりの役者だぞ。
「ありがとう、参考になった」
「そうか。しかし所詮は力なき者の嘆きに過ぎないよ。私に父を止める力はなかった」
王子が悲しげに微笑む。間違った道に進もうとする国を止められなかったことに無力感を抱いているのだろうか。
王族でもなんでもない俺が評価するのもおこがましいが、まともな政治感覚を持っている人に思えるな。民が不幸になるようなことはしないだろう。
正直、ハリム王を排除したあとのことは考えていなかった。俺に国の統治なんてできないし、かといってバナンザには自由都市同盟の掌握してもらわなければならない。レンもやりたがらないだろうし、どうすべきか悩んでいたところだ。もし、素直に従ってくれるならディラード王子に任せてもいいかもしれない。
「さて、ここからどうするんだい?」
「俺たちの目的はハリム王の排除だ。王はどこに?」
「謁見の間だ。そこで残りの兵を集めて守りを固めているはず」
「そうか。だったら、そこに案内してくれ」
「わかったよ」
眉ひとつ動かさず、王子が頷く。予想はついていたのだろうが、まったく動揺しないとはね。すっかり覚悟が決まっているようだな。




